東京・池袋の都道で4月19日に乗用車が暴走し、松永真菜さん(31)と長女莉子ちゃん(3)が死亡した事故が起きた。

発生から、8カ月。妻子を失った夫の松永さんは、深い悲しみの中で180度変わった人生と向き合っている。運転者が高齢者だったことから、全国で免許返納の動きが進むなど事故は社会に大きな影響を与えた。松永さんは、交通事故の根絶には公共交通機関の拡大など、社会の転換が必要だと訴える。

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12月初旬、松永さんの夢に莉子ちゃんが出てきた。真菜さんに抱かれて出てきたお盆以来だった。うれしくて何度も抱き締めながら「亡くなったのに見えているの?」と周囲に問いかけると、気まずそうな顔をする人々…。そこで目が覚めた。「夢だったのか。でも抱き締めた感触があった」。涙が止まらなかった。

事故後の痛ましい姿が、脳裏から離れない。真菜さんは傷だらけで、莉子ちゃんに至っては顔の損傷がひどいからと看護師から対面を止められた。「どうしても見たくて布を取ったら、1ミリくらい見えて。心が壊れてしまうから見るのをやめた」。

張り裂けそうな思いで、事故5日後に会見を開いた時から「他の人に同じ思いをして欲しくない」と思った。そう思うことが出来る人間に変えてくれたのは真菜さんだという。「私は昔、自分さえ良ければいい、どうしようもない人間だった。愛にあふれた真菜に出会った日から、私は毎日、普通の夫婦、親子の一生分と思うくらい『愛してる。ありがとう』と言ってきた。僕を、こんなに人を愛する人間にしてくれた」。

11月12日、運転していた旧通産省工業技術院の飯塚幸三・元院長(88)が書類送検され、警視庁は地検に起訴を求める「厳重処分」の意見書を付けた。起訴されなければ被害者参加制度を利用しての裁判への参加、その先の真相究明もかなわない。妻子に怒った姿を見せたこともない松永さんにとって、裁判で戦うこと自体に葛藤はある。

それでも「『大きな事故なのに軽い罪になったのは、池袋の事故の前例があるから』と苦しむ遺族が出て欲しくない」と思い直した。「生前の2人なら分かってくれる」。自らに、そう言い聞かせた。

当初は、自らの思いを語ることで人の意識が変われば交通事故は防げると思っていたが、その後も事故は一向に減らず、年間約3500人が亡くなる現状は変わらない。感情に訴えるだけではダメだと痛感し日々、情報を集め、考えた。

<1>医師診断査定を必須とする高齢者限定運転免許を導入するなどの制度面

<2>免許を返上した高齢者が生活に支障を来さないよう、特に地方における公共交通機関の拡充など環境面

<3>交通事故が起きにくくするような技術面

これらの改善を同時並行で行わないと事故はなくならないとの結論に達した。実現のため、松永さんは遺族団体「関東交通犯罪遺族の会(あいの会)」に参加。国道交通省を訪問し、意見交換や要望書の提出など具体的な行動を起こしている。【村上幸将】

○…東池袋の事故は、世論を大きく動かした。高齢ドライバーの免許返納の動きが進み、松永さんが7月から9月に行った署名活動では39万1136筆の署名が集まった。「免許返納」は新語・流行語大賞でトップテンに選ばれた。

警察庁も制度改革に動いた。有識者会議で19日、過去3年間に信号無視やスピード超過などの違反歴や事故歴がある高齢ドライバーに、運転試験を義務づける案を取りまとめた。来年の通常国会に提出する道交法改正案に盛り込む方針だ。

松永さんは、警察庁の案について今後の検討課題を挙げる。

<1>地方の高齢者が試験に落ちると、足がなくなる<2>東池袋事故の加害者は事故歴がなかった<3>不十分な場合は免許更新を認めないが、更新期限内なら技能検査を繰り返し受けられる点は疑問。現行の認知機能検査も、認知症と判断されなければ何度でも再受験可能なことが問題視されている。

高齢者のドライバーが急増する中、現状からの改革は急務と言える。

◆池袋暴走事故 4月19日午後0時25分ごろ、東京都豊島区東池袋4丁目の都道で、乗用車が交差点2つを含む約150メートルにわたって暴走し、赤信号を無視して横断歩道に突っ込んだ。自転車に乗っていた松永さん母子が死亡し、運転していた飯塚元院長と助手席の妻を含め2歳から90代の男女9人が重軽傷を負った。