明日5日からノーベル賞の発表が始まります。日本の受賞者はこれまで27人ですが、2008年から受賞ラッシュが続いています。一方、ノーベル賞の前哨戦のように発表されるのが「笑えて、そして考えさせる研究」に贈られるイグ・ノーベル賞。今年は京都大の西村剛准教授(45)が受賞し、日本人の受賞は07年から14年連続になりました。ノーベル賞の08年とイグ・ノーベル賞の07年。近接しているのはなぜでしょうか。【中嶋文明】

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イグ・ノーベル賞は「ignoble」(お下劣な)と「NOBEL」(ノーベル)をかけ合わせた造語です。犬語翻訳機「バウリンガル」が平和賞を受賞した02年ごろから「裏ノーベル賞」として知られるようになりましたが、日刊スポーツが初めて報じたのはドクター中松氏が受賞した05年です。

ハーバード大出身のユーモア科学誌編集者マーク・エイブラハムズが91年に賞を創設して今年で30回。イグ・ノーベル賞に関する番組で解説者を務め、「イグおじさん」と呼ばれる立教大の古沢輝由特任准教授(43)によると、毎年1万件以上のノミネート(うち自薦10~20%)から選考され、自薦で受賞したのは96年に「ビール、ニンニク、サワークリームがヒルの食欲に及ぼす影響」で生物学賞を獲得したノルウェーの研究チームだけという狭き門です。

今年はコロナでオンライン開催になりましたが、例年、授賞式はマイケル・サンデル教授の「ハーバード白熱教室」の会場として知られるハーバード大サンダースシアターで、本物のノーベル賞受賞者がプレゼンターや裏方に加わって行われています。今年受賞した西村准教授も「サンダースシアターだったら自腹でも行きたかった」と答えるグレードの高さです。

イグ・ノーベル賞は、科学の面白さを再認識させてくれます。ヘリウムガスをワニに吸わせて、人間と同じように声が変化することを突き止めた西村准教授は「基礎研究、基礎科学というと難しそうだけど、何でこうなっているのかなと、解き明かす営みです。子どもたちには身近な素朴な疑問が科学の大本ということを知ってほしいと思います。ヘリウムガスを吸うと、爬虫(はちゅう)類はどうなるのかな。吸わせてみようかなというのがとっかかりで、アリジゴクがあったらツンツンしてみるのと同じ。それが科学なんです」と話します。鳥もワニも共鳴を使って声を出していることが分かったことで、恐竜も共鳴を使っていた可能性が広がりました。

イグ・ノーベル賞の日本人の受賞は、西村准教授で14年連続26回目です。古沢准教授は「マークは『日本と英国がトップレベル』と言っています。コツコツと続けていく日本人の勤勉さ。イグ・ノーベル賞を狙って研究しているわけではなく、あくまで真面目に研究した結果が面白かったり、アプローチが興味深かったり。明らかじゃないから明らかにしたいと、好奇心を突き詰めた結果であることはノーベル賞もイグ・ノーベル賞も同じです」と話します。

カエルを強力な磁力で空中浮揚させ、00年にイグ・ノーベル賞を受賞したオランダの物理学者アンドレ・ガイム博士(61)は10年にノーベル物理学賞を受賞しています。今のところ、ダブル受賞者はガイム氏1人ですが、古沢准教授は「これからも出ておかしくないと思います」と言います。

イグ・ノーベル賞と軌を一にするように、ノーベル賞も08年から毎年のように日本の受賞者が出ています。サイエンスライターの竹内薫さん(60)は「1970~80年代、日本経済がピークを迎え、研究費が増え、潤沢な資金を元に多様な人材が育成された時代に若手研究者だった人たちが、30~40年前の研究業績で受賞しています」と分析します。90年代以降、日本経済は陰り、「失われた20年」に突入しました。研究費は削られ、若手研究者にとって過酷な環境に博士課程への進学者自体、減少しています。注目論文数は96~98年はまだ世界で4位でしたが、16~18年は9位に後退しました。

竹内さんは「2030~40年になると、ノーベル賞受賞者は急減するのでないか。中国は『日本は経済発展した時期のものを今、収穫している』と分析しています。イグ・ノーベル賞も研究費が潤沢であれば、好きな研究、ユニークで楽しい研究ができるが、予算が厳しくなれば研究が続行できなくなる。文化が栄えるためには、経済的な余裕が必要なのに、今は食うことで精いっぱいになっている」と話しています。

■ノーベル賞 今年の有力候補に日本人も続々

02年からノーベル賞の有力候補を発表している米学術情報会社クラリベイト・アナリティクス(旧トムソン・ロイター)は9月23日、今年の自然科学3賞(医学生理学賞、物理学賞、化学賞)と経済学賞を受賞する可能性が高い24人の研究者を発表しました。

日本人では医学生理学賞で中村祐輔東大名誉教授(67)、化学賞で藤田誠東大卓越教授(62)の名前を挙げています。中村先生は患者1人1人の遺伝情報を分析し、がんのオーダーメード医療の先駆けとなる研究をしました。藤田先生は分子が集まって自然に複雑な立体構造になる「自己組織化」という現象を発見しました。

毎年のように下馬評に上るのは、医学生理学賞の森和俊京大教授(62)遠藤章東京農工大特別栄誉教授(86)、物理学賞の飯島澄男名城大終身教授(81)細野秀雄東京工業大栄誉教授(67)十倉好紀理化学研究所センター長(66)、化学賞の山本尚中部大教授(77)北川進京大特別教授(69)です。

文学賞では村上春樹さん(71)のほか、昨年初めて多和田葉子さん(60)の名前がブックメーカーの予想に登場しました。日本人が受賞したことがない経済学賞では、清滝信宏プリンストン大教授(65)も候補です。

◆中嶋文明(なかじま・ふみあき)81年入社。一番好きなイグ・ノーベル賞は、02年に医学賞を受賞した「人間と古代彫刻における陰のうの不均等」。人間は左の睾丸(こうがん)が右より大きいのに、ギリシャ彫刻では右の方が大きいことに気付いたロンドン大の教授が、博物館や美術館を回って107体の古代彫刻を観察。逆になっていることを実証した研究です。教授は左右の機能分化の世界的権威になりました。