CD大国と呼ばれる日本の音楽市場ですが、いよいよストリーミング時代に突入、との見方が広がっています。日本レコード協会は先月、21年の音楽ソフトの総生産を発表しましたが、CDが1280億円で前年比99%なのに対し、ストリーミングマーケットは744億円で同126%と高い伸びを示しています。世界市場にならい、日本でもサブスクが主流になるのでしょうか。デジタルビジネスを強化するポニーキャニオンで、戦略全般を担当する今井一成執行役員に、今後の展望を聞いてみました。【竹村章】

日本の音楽産業のピークは、バブル崩壊後の1998年(平10)。シングルのミリオンヒットが連発され、100・9万枚も売れた曲でも年間ランキングは14位。CDやDVDなど音楽ソフト全体の生産額は6074億円にも上った。

その後は右肩下がりを続け、配信を除くと21年は1936億円。音楽ソフトは3分の1に縮小したとみられている。だが、これは日本に限ってのようだ。日本も含む世界の音楽市場は見事にV字回復を遂げている。前年比24・3%増のストリーミングが169億ドルとけん引、全体でも259億ドル、前年比18・5%増と、高い伸びを示している。

-日本だけなぜCDなのでしょう

今井氏 再販商品のCDは収益モデルとして完成度の高いシステムです。権利処理や受注システム、CDプレス、そして全国津々浦々に届ける流通システム。何までよくできていると思います。

-21年でもCDの売り上げは1280億円も

今井氏 CD1枚3000円だとすると、これがダウンロードになると1800円から2000円前後。レコード会社としては、トップラインが上がる方がいい。デジタルは効率よく音楽を届けられるけど、売り上げは下がる。CDは金額が大きいから、手残りも多いと考えがちなのではないでしょうか。

-ただ特典を付けてCDを売っている

今井氏 特典付き限定CDや握手会とか特典会とか…。アーティストが時間をかけて制作した作品が、1人に何枚も購入してもらっても、廃棄されたり中古に売られたりするのは悲しい。でも、ビジネスとしては成立しているし、これはこれで考えられたビジネスモデルだと思います。

-今井さんはビクター時代からデジタル戦略を担当してきました

今井氏 8年ほど前でしょうか。知人に勧められ、当時はまだ日本では使えない海外版のスポティファイをスマホに入れました。これが目からうろこで。僕の好きなブリティッシュ・ハードロックが山のようにあるんです。アメリカではレコード店が激減して、CDはスーパーの片隅のかごの中にある程度。日本はトータル3000億円市場のうちフィジカル(音楽ソフト)が6割もありますが、アメリカはストリーミングが83%で、フィジカルは11%しかありません。

-日本も新車のオーディオにはCDが入りません

今井氏 ユーザーの世代は下から変わります。CDプレーヤーを知らない世代が増えれば、必然的にストリーミングが拡大されることになるのでしょう。

-ストリーミングはあまりもうからない?

今井氏 ストリーミングは会員制ビジネスです。ユーザーが支払う月額が総収入。会員が増えないと売り上げは増えないし、複数のサービスに入る人も少ない。僕の試算だと、現在の日本のサブスクの有料会員数は1600万人ほど。これが、アメリカ並みに83%のマーケットに成長したとすると3000万人くらいにまで拡大するでしょうか。

-1カ月980円程度、3000万人だと年間約3500億円です

今井氏 会員制ビジネスなので、当然、日本市場の頭打ちはあります。ただ、以前の音楽ビジネスがCDとライブ、グッズ中心だったのに対し、デジタル時代はオンラインでのマーチャンダイジングも可能だし、YouTube、TikTokなどマネタイズが両立する幅が広がります。アーティストコンテンツをNFT化して世界で販売することも準備中です。映像やグッズを世界中に展開するためにもストリーミングビジネスは大事です。

-ストリーミングでの象徴的な出来事に松原みき「真夜中のドア」のヒットがありました

今井氏 正確に言うとスポティファイのグローバルバイラルチャートで18日間連続世界1位になりました。これは、パズルがうまく合わさった結果です。もともとこの曲はある程度、海外で聴かれていた。そこで、20年10月に「おとラボ」シリーズというプレイリストをつくり、第1弾の3曲目に「真夜中のドア」を入れました。(インドネシアのユーチューバー)レイニッチがたまたまカバーしたので、TikTokに公式音源を投入したらインフルエンサーが拡散し、このような結果に。海外で聴かれ、年齢層も18~25歳が最も多い。世界1位なので、これはどんな曲なんだとまた広がっていく。典型的な相乗効果でのヒットです。

-ストリーミングは海外市場もチャンスに

今井氏 僕がビクター時代に携わったサザンオールスターズでも海外でCDを売るのは難しい。当時、アメリカからCDを買うのは日数もお金もかかるけど、配信ならスイッチを押すと全世界で聴ける。ポニーキャニオンはアニメ関連作品が多く、例えばアニメ「進撃の巨人 The Final Season Part2」のオープニングをSiM、エンディングをヒグチアイが担当しているのですが、SiMは配信から3カ月で1億1200万回再生、ヒグチアイもアップルミュージックのドイツ、フランス、イタリア、韓国など世界113カ国のJ-POPランキングで1位を獲得しました。ユーザーが世界中にいることを実感します。

-ストリーミングは過去の曲も聴かれるのですか

今井氏 ポニキャンでは、デジタルの売り上げのうち80%はカタログです。新譜も未来のカタログを増やすことになりますし、70~80年代の曲も、今の若い世代には新譜なんです。

-ストリーミングで聴かれ方の変化やヒット曲の傾向はありますか

今井氏 イヤホンで主に聴かれ、スマホには歌詞も表示されます。だから、ストリーミングチャートを見ると、歌ものというか、日本語の歌詞を大事にしている曲が聴かれているような気がします。Official髭男dismもそうだし、YOASOBIとかも。ちょっと前だと瑛人とか。TikTokとかで、歌詞を切り取られてバズることも大きな要因です。

-昨年の紅白にはまふまふが出場しました

今井氏 TikTok、YouTube、ストリーミングサービスにそれぞれのスターがいます。それはCDセールスのオリコンチャートだけではわかりません。まふまふって、誰っていう人も多いけど、ネットシーンではスターで、東京ドーム2日間ソールドアウトになるアーティストです。ヒゲダンにしてもストリーミングで新譜を出すと過去の曲も聴かれ、各デジタルサービスのアルゴリズムに反応して1つの歯車が回ると、すべての歯車が回っていく感じです。所有型CD文化が薄れるのを嘆くアーティストもいますが、世界に拡張していくデジタルマーケットは、メリットも多いと思います。

◆定額制音楽配信サービス(音楽サブスク) 日本では15年ごろから、AWA、LINE、Amazon、Apple、Google、Spotifyといった大手がサービスをスタート。ICT総研が20年11月に発表したリポートによると、19年の有料サービス利用者数は1140万人、23年末には2930万人に拡大すると予測する。アンケートでのユーザー利用の1位はPrime Music。2位Spotify、以下、Apple Music、LINE MUSIC、Amazon Music Unlimitedと続く。

◆今井一成(いまい・かずなり)86年に日本ビクター入社。サザンオールスターズのチーフプロモーターとしてヒット曲「TSUNAMI」のリリースや、茅ケ崎ライブ等に携わる。10年からビクターのデジタルビジネス部長として、スマホ時代の音楽配信マーケットを担当。17年6月にビクターエンタテインメント取締役。20年4月から、ポニーキャニオンエグゼクティヴプロデューサー・デジタル戦略担当。21年6月、執行役員マーケティングクリエイティブ本部長。

◆竹村章(たけむら・あきら)1987年(昭62)入社。販売局、編集局地方部などを経て文化社会部。芸能全般のほか、放送局などメディア関連の担当が長い。