将棋の最年少5冠、藤井聡太竜王(王位・叡王・王将・棋聖=20)が広瀬章人八段(35)の挑戦を受ける、第35期竜王戦7番勝負第6局が2、3の両日、鹿児島県指宿市「指宿白水館」で行われ、113手で先手の藤井が勝ち、4勝2敗でタイトルを初防衛した。通算タイトルは最速、最年少で歴代9位の11期目を獲得した。20歳4カ月での竜王初防衛は最年少記録。渡辺明名人(棋王=38)の21歳7カ月を17年ぶりに更新した。

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砂むし温泉「指宿白水館」の7階にある客室「離宮」。対局室の窓からは、鹿児島県の薩摩半島と大隅半島に挟まれた錦江湾が見える。17年には羽生善治九段が永世七冠を達成した記念の場所でもある。

戦型は今シリーズ4度目角換わり。藤井が深い研究手をぶつけ、縦横無尽に攻める展開になった。1日目午前には右桂を跳ねて、早々と仕掛ける。難解な中盤になった2日目午前、広瀬の封じ手が開封された後、飛車を捨て、角を打つコンビネーションを披露した。

「攻めていく形になり、(攻めを)つなげることができた」。ワールドカップ(W杯)カタール大会1次リーグE組で日本代表が強豪スペインを相手に見せた後半開始直後のような波状攻撃を仕掛けた。敵陣に踏み込み、カウンター、ドリブル…。自在に駒を操り、優勢を築き、鮮やかに寄せきった。

将棋は盤上の決められたマスで決められた駒で行うボードゲーム。サッカーも決められたスペースで決められた人数で行う。将棋は玉をうまく守りながら、相手の隙をつき、銀を繰り出したりしながら攻撃を仕掛けていく。終局後の会見で、サッカーとの共通点についての質問に「いや(笑い)、共通点をあまり考えたことはないですけど、サッカーは11人、将棋は駒は20枚という条件は同じ。その中で、いかに効率を上げていくか。将棋の駒の使い方と似ているかも」と“解説”した。

駒の特性を知り尽くす藤井は、盤面全体を見ていい位置に駒を配置するバランスに優れているとされる。第6局も攻守の切り替えが早く、柔軟に対応し、相手を圧倒した。

これでタイトル戦に11度出場し、いずれのシリーズも制し、5冠を堅持した。年内のタイトル戦は、終わった。「今年は1月からタイトル戦が続く形で、たいへんな将棋ばかりだったが、収穫もいろいろあった」。

年明けには将棋界のレジェンド・羽生を挑戦者に迎える第72期ALSOK杯王将戦7番勝負(1月8日開幕)で初防衛を目指す。羽生は前人未到のタイトル通算100期を狙う。「非常に充実されている。7番勝負が楽しみです」。羽生が偉業を達成した場所で、20歳が夢対決に思いをはせた。【松浦隆司】

【竜王戦と初防衛】

今年で35期となる竜王戦で、タイトルを獲得した経験があるのは1988年(昭63)の第1期の島朗から古い順に羽生善治、谷川浩司、佐藤康光、藤井猛、森内俊之、渡辺明、糸谷哲郎、広瀬章人、豊島将之、藤井聡太とのべ11人。このうち、竜王を初めて獲得した翌年に防衛できたのは、やはり古い順に谷川、藤井猛、渡辺、豊島、藤井聡だけ。羽生を含めて、過半数の6人は初防衛戦でタイトルを失っている。

7番勝負は例年10~12月開催のため、気候的に体調管理が難しい。竜王戦に登場する棋士は、年内に挑戦者を決める王将戦のリーグ戦や棋王戦のトーナメントに加え、全国を転戦するJT日本シリーズや、NHK杯や銀河戦と、大詰めに差しかかるテレビ棋戦でも勝ち残っているケースも多い。中2~3日と、間隔が詰まる強行軍が響く場合もあり、好調の維持や対局への準備が難しい。

◆竜王戦 九段戦、十段戦を発展的解消し、1988年(昭63)に創設。将棋の8大タイトル戦の1つ。優勝賞金4400万円は将棋界最高金額。1~6組に格付けされたランキング戦(予選)を行う。全棋士に加え、プロ棋士を目指す奨励会員、女流棋士、アマチュア強豪も参加する。1組の上位5人、2組の優勝者と2位、3~6組の優勝者の計11人による決勝トーナメントを行い、決勝進出両者による3番勝負で挑戦者を決める。竜王と挑戦者は例年10~12月に7番勝負を行う。かつては海外対局も行っていた。

○…「スコア以上の完敗だったと思います」。4年ぶりの竜王復位が夢と消えた広瀬が悔しさをかみしめた。構想通りに展開したが、「(藤井の)飛車を取った順が甘い考えだった。大長考も良くなく、形勢を損ねた」と話した。今シリーズは随所で新たな趣向を見せ、藤井をてこずらせた。「第3局を落としたのが悔やまれます」。優勢に進めながら落とした1局を、ターニングポイントとして挙げた。4年前も2勝3敗から同じ「指宿白水館」で勝ち、初の竜王獲得につなげた。今期は同所で「終戦」となった。