厄介者を貴重な資源に。田畑などを荒らすイノシシやシカを食肉にした、「ジビエ」が注目を浴びている。千葉県では「房総ジビエ」として2016年(平28)からPRし始めた。その2年後の18年からはジビエ料理のコンテストも開催。あす11日には第5回の実食が行われる。県内で指定された13カ所の食肉処理加工施設で、厳しい衛生基準を通ったものだけを食材として提供し、普及拡大を目指す。このほか、同県鋸南町(きょなんまち)や静岡県伊豆市、埼玉県横瀬町などでもジビエで「地域活性化」を図っている。
■千葉・房総 「地美恵」コンテスト開催
「地美恵」と書いて、ジビエと読む。まさに、土地の美しい恵みのメニューへと変身する。コンテストは、書類審査で優秀作品の5メニューを選出する。実食審査によりグランプリ(千葉県知事賞)と準グランプリ(千葉県農林水産部長賞)を決める。房総ジビエを使い、販売価格の上限が1100円(税込み)と定められている。これらの作品が「房総ジビエフェア2023」で、参加した店舗で提供される。
食材は、県内でさまざまな農作物などを食い荒らしていた有害鳥獣だ。被害の4割はイノシシ(シカはイノシシの10分の1)。里山に現れては稲を食べたり、踏み倒したり、畑を荒らす。特に房総半島の南側で目立った。
そこで県としてはこれらを駆除すると同時に、飲食店と連携して消費者への普及、拡大を目指した。もともとジビエはヘルシー。別名「ぼたん」と呼ばれるイノシシの肉は肌にも骨にもいいコラーゲンが豚肉に比べて多く含まれている。タンパク質は牛肉や豚肉より多く、脂質は牛肉より少ない。疲労回復や肌の健康、新陳代謝を促すビタミンB1、B2は牛肉の約2倍とされている。「もみじ」と称されるシカ肉は、牛肉や豚肉に比べて高タンパク、低カロリー。脂質も少ない。鉄分も多く、貧血気味の女性にはうってつけだ。
安定供給できる牛肉、豚肉、鶏肉に比べ、流通量の保証はない。ハンター不足などの課題もある。それでも県では衛生基準の徹底、流通確保のため、茂原市、君津市、鴨川市などに13カ所の食肉処理加工施設を設置。ここを通した食肉を提供することを定めた。
3年前に3億5937万円だった被害額は、翌年約3億円にまで減少した。農地周辺への防護柵の設置など、減らす対策もしている。「一定の効果は出ている。被害を減らしつつ、流通拡大を目指したい」。千葉県農林水産部流通販売課の久保村俊己さん(29)はこう話す。
房総といえば、海の幸が思い浮かぶ。実は江戸幕府8代将軍、徳川吉宗公の時代に今の鴨川市や南房総市の一帯で始めたのが、日本の酪農の発祥とされている。房総は農業も充実している。地産地消ならぬ「千産千消」の取り組み、大切な命をいただくという食育にもつながっている。【赤塚辰浩】
■千葉・鋸南町 15年「狩猟エコツアー」
千葉県で先駆者的存在なのは、内房にある鋸南町だ。海水浴場の保田海岸をはじめ、海釣りに訪れる人も多いが、町内から鴨川市へとつながる街道は山林がほとんど。イノシシが収入源となる水仙や農作物を食い荒らしていた。
そこで白石治和町長(72)が「有害鳥獣の捕獲を通じて狩猟の役割、方法を紹介し、対策の担い手となる猟師募集のきっかけを提供し、里山の魅力を伝えよう」と発案。15年から「けもの道トレッキング」「ジビエ料理ワークショップ」「解体ワークショップ」を軸とした、「狩猟エコツアー」が始まった。
それよりも前の09年からジビエ・バーベキューも行われてきたが、コロナ禍で数年開催されていない。町では、こちらの復活も視野に計画しているという。
■静岡・伊豆市 公営食肉加工センター
静岡県伊豆市では、珍しい公営の食肉加工センター「イズシカ問屋」が11年4月に開設された。市内の8割を山林が占め、特産品のワサビの葉やシイタケの実をついばんだり、農作物を食い荒らすとか、木の皮をはいで枯れさせてしまうなどの被害が目立った。しかも、シカやイノシシは合わせて年間約2000頭捕獲されていたが、猟師が処理しきれずに山に埋設していた。そこで、全国に先駆ける形で建設した。
持ち込み可能なのは、捕獲後4時間以内で、伊豆市在住の静岡県猟友会員か、同市の有害鳥獣捕獲隊員で「搬入研修」を受けた人に限られる。血抜きした個体は、持ち込み後すぐに内臓を摘出。電解水で洗浄、殺菌後、低温熟成(シカは7~10日、イノシシは2~3日)される。これでうま味成分となるアミノ酸を増やす。
処理に要する時間は30~40分。しかも、どこで誰がどのように捕獲したか、どの肉をどこに卸したかをデータ管理している。食肉は真空パック後、マイナス30度の急速冷凍で販売され、味の品質も保たれている。
現在、同市では年間5000~6000頭の有害鳥獣が捕獲される。年間の被害額はひどい時で2億円近かったが、今では3000万~4000万円程度に下がっている。
■埼玉・横瀬町 企業と組んで猟師呼ぶ
埼玉県横瀬町は、昨年12月から地元ベンチャー企業と組んで、都会の狩猟免許保持者を呼んで有害鳥獣を駆除してもらい、それをジビエ肉として町の特産品にしていく事業を始めた。
ベンチャー企業「カリラボ」を立ち上げたのは、吉田隼介(しゅんすけ)さん(44)。都内の会社に勤めるかたわら、自身も猟友会のメンバーに名を連ね、実際に同町で狩猟を行っている。「猟師が高齢化しており、猟場とハンターをマッチングさせる会社として組織した」と言う。
さらに、解体場を昨年11月に建設したことから、主に駆除したシカの肉の加工も請け負う。今後は、ふるさと納税の返礼品などにもしていきたいとしている。
◆ジビエ(gibier) フランス語で、狩猟で得た野生鳥獣の肉のこと。イノシシやシカだけでなく、ウサギ、キジ、カモなども該当する。フランスでは、古くから冬のごちそうとして愛されてきた。日本でも狩猟が解禁となる11月~翌年2月(北海道は10月~翌年1月)に焼いたり、鍋にして親しまれてきている。