JR五能線を旅してきた。秋田・東能代駅から青森・川部駅までの日本海沿岸147・2キロを結ぶ。来年で全通90年を迎える。秋田駅始発の観光列車「リゾートしらかみ」に乗車。途中停車した能代駅で、能代工(現能代科学技術)バスケットボール部の礎を築いた加藤廣志先生のことを思い出した。
1986年(昭61)5月から4年間、仙台市の東北支社で勤務した後、さまざまな配属先を経て、14年11月からはイベント関連に携わった。高校バスケのウインターカップもその1つ。能代工の試合を加藤先生は見ていた。試合の合間にあいさつに行き、名刺を出すと、ふと思い出したかのように右手を差し出して握手を求めた。東北支社時代に取材で訪れた時と同じ光景だった。
翌15年、能代工は8年ぶりに3位となった。銅メダルを獲得して表彰式に選手が臨んでいた時、加藤先生もアリーナまで降りていた。あいさつすると、「ようやくここまで戻って来ることができました。まだまだこれからです」と、復活を期待するかのように握手を交わした。それが加藤先生の最後の姿だった。18年3月、数々の栄光と数多く育てた教え子らを残して亡くなった。
高校バスケ界は現在、外国人留学生を擁し、特待制度などで選手を集めやすい私学が台頭している。少子化も加速し、かつての強豪校でも選手を集めづらい。高校スポーツ界全体に当てはまることかもしれない。
加藤先生が企画して開催した「能代カップ」は、今年で38回目。その年の新チームがどの程度のレベルか推し量るための前哨戦だ。全国の強豪校の胸を借り、強化を図る。ファンも注目するゴールデンウイークに能代全体で盛り上がる一大イベントでもある。
能代市はかつて材木の集積地として栄え、「東洋一の木都」と呼ばれた。今は「バスケの街」。だからこそ、加藤先生だけでなく、多くの人がその復活を期待しているに違いない。

