ドナルド・トランプ氏(79)が2度目の米大統領に就任して9カ月になります。日本では外交面の報道が目立ちますが、極端な移民政策やメディアへの執拗(しつよう)な圧力が、米国社会に暗い影を落としています。在ロサンゼルス27年の千歳香奈子通信員に肌で感じた深刻な状況を聞きました。【相原斎】
■フル武装にマスク
-在米外国人の立場で実際に不安や恐怖を感じることは?
千歳 ICE(移民関税執行局)の取り締まりは身近な恐怖です。私の家の近所にある飲食店には軒並み捜査が入りましたし、いつも利用していた洗車場にICEが乗り込み、従業員と客十数人を拉致していきました。トランプ政権からノルマを課されているので、誰でもいいから捕まえるということが現実に行われています。ある若い女性はバス停に向かって1人で歩いているときに、いきなり男たちに囲まれて車に押し込まれたと証言しました。フル武装の上、マスクで顔を隠し、(外国人らしい)外見だけでいきなり拘束、連行していく様子は「拉致」と言っていいと思います。
-米国のドラマでは、FBIが典型だけど、必ず身分証を提示して慎重に捜査する様子が描かれるけど
千歳 ICEも連邦職員なので本来は身分を明らかにする立場にありますが、執行時にはバッジも制服も身に着けていなくて、身分証の提示を求めても無視されます。不当拘束の様子は動画撮影されてSNSで拡散されたり、地元のニュース番組でも報じられています。ロサンゼルス市長やカリフォルニア州知事も抗議していますが、改まる様子はありません。明らかな違法捜査なので後々訴訟になったときの対策としても、身分を明かせないのでしょう。共和党優位の州に住む知り合いに聞くと「以前と変わらない」そうなので、これは民主党の強い州でのことであり、その中でもニューサム知事が次期大統領選の有力候補といわれるカリフォルニア州は特別なのかもしれません。来年に控えた中間選挙に向けてトランプ大統領のやり方は露骨です。
-日常生活に与える影響も大きいでしょう
千歳 今のところ対象はメキシコ系などヒスパニックですが、ロサンゼルスは人口の半数以上がメキシコ系移民なので、恐怖と不安から外出できないという人も増え、工場や農場の作業員不足が深刻になっています。ヒスパニックの次はアラブ系やアジア系がターゲットになると恐怖感が広がっています。それでも、1度出国したら再入国は難しいという現実があり、グーグルで働いている友人には「米国から出ないように」と通達があったそうです。
-息苦しいというレベルではないね
千歳 日本の総領事館からは、グリーンカードと滞在許可証を常に携帯するように注意喚起がありました。外国人の間では、トランプ政権を刺激するようなSNSへの投稿を気を付けるだけでなく、ズームなどのオンライン会議や友人間のメッセージにも細心の注意が必要になっています。自由だった米国が半年あまりでここまで変質してしまったことに言葉を失います。
■周囲はイエスマン
-1期目(17~21年)に比べて大きく様変わりした印象がある
千歳 この4年間、ずっと復讐(ふくしゅう)の機会を待っていたという感じです。1期目のように規範や伝統に配慮して法律を守ろうとする側近もおらず、周囲はイエスマンばかりでまさに王様です。1期目も国境の壁が注目されましたが、今のようなICEの暴走はありませんでした。それに対する抗議デモは一部で衝突があったものの、全般的には平和裏に行われており、そばで見ていてもそれほど危険を感じることはありませんでした。むしろ州兵が派遣され、催涙弾やゴム弾が撃ち込まれたことで混乱が助長された印象があります。その部分だけがSNSで拡散されたことにも「意図」が感じられました。
■発言巡り放送中止
-海外脱出するハリウッドセレブも増えている?
千歳 アカデミー賞授賞式の司会も務めたコメディアンのエレン・デジェネレス、「デスパレートな妻たち」のエバ・ロンゴリア、そしてリチャード・ギア…最近ではニコール・キッドマンもポルトガル移住が取り沙汰されています。実はあのジミー・キンメルもイタリア国籍を取得したことを明らかにしています。
-キンメルといえば、司会を務めるトーク番組での発言を巡って放送中止、そして再開のすったもんだがあった。保守派活動家のチャーリー・カーク氏が銃撃され、死亡した事件について「MAGA(米国を再び偉大に=トランプ支持者)の一味はカーク氏を殺害した容疑者が自分たちの仲間でないことを証明することに必死で、この事件から政治的な点数稼ぎをしようとしている」というのがその発言で、放送中止するような内容とは思えなかった
千歳 番組を放送していたABCは昨年12月、ニュース番組司会者の発言を巡ってトランプ大統領から名誉毀損(きそん)で訴えられ、親会社のディズニーが1500万ドル(約22億円)をトランプ氏の大統領図書館に寄付することで和解した経緯があります。早々に和解してしまうことは、メディア攻撃を強める行為として批判もありました。トランプ氏に任命され、放送免許の認可を行う立場にあるFCC(米連邦通信委員会)のブレンダン・カー委員長の圧力がある一方で、放送中止の背景には、ファミリー向けの自社ブランドを守ろうという姿勢が強くあったと思います。ところが、「キンメル擁護」の声が強くなり、傘下の配信サービスのキャンセルが相次いだり、メリル・ストリープ、トム・ハンクス、ナタリー・ポートマンら大物俳優や監督による署名運動も起きた。逆にブランドイメージが危うくなり、一転番組再開に至ったのです。
-深夜のトーク番組は、そもそも米国人にとってどんな存在なのだろう
千歳 1日の締めくくりとして視聴習慣が定着しています。冒頭で司会者のコメディアンがその日の時事ネタを披露するのが伝統で、それで留飲を下げることが1日の疲れを取る癒やしになっています。歴代の大統領もジョークのネタにされてきましたが、これもアメリカらしさと、目くじらを立てるようなことはありませんでした。いちいち敵対視するトランプ大統領のやり方は子供じみて見えますが、圧力をかけて有利な条件を引き出す関税のディール外交と同じで、実際に多くのメディアや企業のトップがこれに屈する形になっています。
-「60ミニッツ」が日本でも深夜に放送されていたこともあって、米国のテレビ局の中でもCBSには権力に屈しない骨太のイメージがあったけど、カマラ・ハリス前副大統領のインタビューが民主党有利になるように編集されたというトランプ側の訴えに屈し、こちらも多額の和解金をあっさり払ってしまった
千歳 ニュース番組やトーク番組の司会者には、もちろん言論の自由がありますが、大統領の意を酌んだFCCのカー委員長が認可権限を握っているので、放送局やその親会社の事情から現政権への忖度(そんたく)が生まれる形になっています。
-建国以来の言論の自由が危うくなっている
千歳 文字通りジョークで済まない状況になっていますが、一方で反トランプの「ノー・キング」デモにはロバート・デ・ニーロをはじめ、マーク・ラファロ、ベン・スティラー、スパイク・リーら多くの著名人が支持を表明しています。共和党でも上院議員のテッド・クルーズがFCCの圧力を批判。「政府が好ましくない言論を定義して圧力をかけるのは危険」と表明しました。共和党上院院内総務のジョン・スーンも「言論規制は政府ではなく放送局が行うべきこと」と明言しました。前例のない異常事態は、ぎりぎりのところでせめぎ合いが続いている印象です。
◆ICE(Immigration and Customs Enforcement) 米国の移民法及び関税法を執行し、国内の多国籍組織及び外国人の犯罪及びテロ行為を調査することを目的とした国土安全保障省(DHS)に属する機関。
◆FCC(Federal Communications Commission) 米国内の放送通信事業の規制監督を行う。行政機関だが、大統領を頂点とする行政府ではなく、本来は国民の代表である議会に責任を負う。

