美しく、一生懸命で、愛されていた。
「アイドルホース」メイケイエールがラストランを終えた。引退式には高松宮記念から約1時間半も経過していたにもかかわらず、万単位とも思えるファンが居残って“最後のエール”を送った。
中年44歳の僕も彼女に魅了された1人だ。何十年も競走馬を見てきたが、顔立ちの美しさは史上屈指だろう。そして、まじめすぎる。レースや調教では気持ちが空回りしてしまう。そんなキャラクターが多くの人々の心を奪った。写真集が2冊も出版されるほどの人気で、僕も少しだけお手伝いさせてもらったのはいい思い出だ。
携わるホースマンたちのチームワークもまた魅力的だった。リーダーとして率いてきた武英智調教師は「課題がたくさんあって、試行錯誤しながらスタッフや牧場の方々と相談してやってきました。すべてが思い出です」と振り返る。
主戦の池添謙一騎手は小学校までさかのぼる1歳上の先輩で、今でも「ケンくん」「ヒデ」と呼び合う仲だ。「『先輩』って呼ばれたことあるのかな…」と苦笑いする。その騎乗依頼は、21年夏に北海道で一緒にゴルフへ向かう最中に行われたという。雑談中にたまたまスプリンターズSの騎乗馬がいなくなったと聞いたトレーナーが「今ちょうど(メイケイエールの鞍上を)探しているところなんですけど…」と切り出したのが始まりだった。人の縁が導いた運命の出会いと呼べそうだ。
担当の吉田貴昭助手は、メイケイエールにとって「最愛の人」だったかもしれない。愛馬の性格はツンデレ。「その『ツン』の強度が…。もう少し優しくなってほしいですね(笑い)。もう『寄るな!』という雰囲気を出しますから」。ご機嫌が斜めの時は、歯を鳴らして威嚇してきたという。常に寄り添ってきた4年間もいよいよ終わる。引退式では声を詰まらせながら「泥だらけで(無事に)帰ってきてくれただけでよかったです」と胸をなで下ろしていた。
日々の調教をつけた元騎手の荻野要助手は、まさに嫌われ役だった。姿を見せれば「またしんどい思いをさせられる」と察知されていたのだろう。なかなかつらい立場だ。「常にメイケイエールちゃんに怒られてました。耳を絞って、かまれたり…。最後まで僕の片思いでした」と目を細めた。
一生懸命すぎる彼女を導くため「チーム・エール」は頭を悩ませながら力を合わせた。折り返し手綱やエッグバットハッピータンなど、なじみのない馬具も採用。調教法も工夫を重ねた。念願のG1こそ勝てなかったが、重賞6勝は現役最多。何よりも人々に愛され、記憶に残る1頭だった。
今月中に栗東トレセンを離れ、北海道の故郷ノーザンファームで繁殖牝馬となる。池添騎手は「メイケイエールには次の目標があるので」と前を向いた。ちょっと気の早い話だが、すべてが順調なら3年後に産駒がデビューを迎える。その時はぜひ、また「チーム・エール」が再集結して競馬場へ戻ってきてほしい。
引退式で流れた曲は、いきものがかりの「YELL」だった。最後に、その歌詞を引用してエールとしたい。
「サヨナラは悲しい言葉じゃない それぞれの夢へと僕らをつなぐYELL」
【太田尚樹】