【西武山田陽翔】〝バイメカ〟で「焦らず、先を見据えて」土台作りに集中/連載30

甲子園のスターでさえ誰もがすんなり1軍で活躍できないのが、プロ野球の厳しさです。近江(滋賀)で甲子園に4度出場した西武山田陽翔投手(20)はプロ2年目の今、5月1日時点で2軍戦2試合に登板し、2イニング9失点。防御率40・50と苦しんでいます。5月9日に20歳になったばかり。土台作りに励む現在の思いを尋ねました。

プロ野球

◆山田陽翔(やまだ・はると)2004年(平16)5月9日生まれ、滋賀県出身。小学校1年から軟式野球を始める。中学時代は硬式の大津瀬田ボーイズでプレー。中3時の世界少年大会で優勝。近江では1年夏からベンチ入り。甲子園には3度出場し、2年夏4強、3年春準優勝、同夏4強。父斉さんは東邦の捕手で、92年夏の甲子園4強。74年夏の金属バット採用後では歴代3位となる甲子園春夏通算115奪三振。22年ドラフト5位で西武入団。23はイースタン・リーグ3試合に登板し、0勝0敗、防御率5・87。趣味はアニメ鑑賞。175センチ、82キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸700万円。

22年8月、鶴岡東戦で力投する近江・山田

22年8月、鶴岡東戦で力投する近江・山田

甲子園沸かせた近江時代

狭山丘陵を散歩しながらベルーナドームへ向かったら、山田の練習が早めに終わっていた。応接室の下座で待ってくれていた。

新緑の所沢。選手もこのあたりを歩いたりするのだろうか?

「歩きますよ。最近ならすぐそこの神社の上とか。ハーディー…羽田さんと一緒に歩いて。2人とも投げる前日で、ちょっと早めに練習、終わったのでリフレッシュというか。散歩、楽しいです。よくします」

近江(滋賀)時代に甲子園をわかせた。滋賀県で生まれ、滋賀県で育ち、滋賀県をわかせた。

「他の高校っていう選択肢もあったんですけど、やっぱり近江が一番良かったので。たくさん応援してもらえるのも滋賀県なので。たくさんの方から推されたのもありました。でもほんとに、すごく貴重な経験をさせてもらいましたね。指導者や仲間に本当に恵まれて、いい3年間でした」

プロ1年目の昨季。イースタン・リーグで3試合で打者38人に投げ、被安打6、与四死球10。勝ち負けなしで、防御率5・87。そんな成績だった。

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1980年11月、神奈川県座間市出身。法大卒、2003年入社。
震災後の2012年に「自転車日本一周」企画に挑戦し、結局は東日本一周でゴール。ごく局地的ながら経済効果をもたらした。
2019年にアマ野球担当記者として大船渡・佐々木朗希投手を総移動距離2.5万キロにわたり密着。ご縁あってか2020年から千葉ロッテ担当に。2023年から埼玉西武担当。
日本の全ての景色を目にするのが夢。22年9月時点で全国市区町村到達率97.2%、ならびに同2度以上到達率48.2%で、たまに「るるぶ金子」と呼ばれたりも。