運命に導かれ、1歩ずつ進んできた。今春に引退する調教師が語る「明日への伝言」第4回は、鮫島一歩調教師(70)が登場する。
高校時代に地元鹿児島で国体が開催されたのを機に、縁が重なって競馬界へ入った。モズカッチャンで制した17年エリザベス女王杯をはじめ、JRA通算590勝(重賞26勝=10日現在)。京都錦市場で仕入れた京野菜を食べさせるなど、馬へ愛情を注ぎ続けた。【取材・構成=太田尚樹】
◇ ◇ ◇
馬に引っ張られてきた人生でした。いろんな偶然がなければ、まったく違う仕事をしていたと思います。
もともと競馬に興味はなく、高校で最初に入ったのはサッカー部でした。ですが高校1年生の夏に、新しくできた馬術部に誘われて、友人と3人で入りました。2年後に鹿児島で国体が開催されることから、強化指定校に選ばれたのです。
それから急に馬漬けの日々になりました。家に帰るのは夜10時で、休みの日も馬具を磨いていました。「トシ」の冠名で馬主もされていた上村叶さんが監督で、しごかれまくって“地獄”でした(笑い)。友人2人は辞めてしまいましたが、それでも楽しかったです。おかげで国体に出場できましたし、インターハイでは優勝もできました。
大学では「馬はもういい」と思い、酪農を学んで将来はブラジルで牧場を持とうと考えてもいました。ですが、たまたま寮の前に馬場があり、見ているとまた馬に乗りたくなって馬術部に入りました。部には飯田雄三さん(元調教師)がおられて、就職先を探す時に栗東の増本豊厩舎を紹介していただきました。これも巡り合わせでしょう。
最初は調教師になれるなんて思っていませんでした。「馬に乗っていればいい」という気持ちでしたが、もともと馬の本を読むのは好きだったので、38歳の時に資料を手に入れて試験を受けました。落ちると悔しくて、勉強して7回目で合格できました。
厩舎の馬で印象に残っているのは、まずシルクフェイマスです。初めての重賞も勝ってくれて、種馬にもなりましたが、本当に猛獣みたいな馬でした。私の車を蹴られたこともあります。馬が無事だからよかったですが…。運が良ければG1も勝てたと思います。もちろん、そのG1を勝ってくれたモズカッチャンも忘れられません。ただ、早期に屈腱炎で引退となってしまったのは悔やまれます。
流されてきた人生でも、やっぱり馬を好きなのが基本にありました。仕方のないことですが、ずっと狭い馬房に入れられて、出たら調教というのはかわいそうです。せめておいしい物を食べさせたいと思い、ニンジン、キャベツ、リンゴなどは京都の錦市場で買っていました。私にとっての罪滅ぼしみたいなものです。
もっと勝ちたかったという気持ちもありますが、やりきったと思うしかありません。馬が好きでここまできましたから、引退後も何かしら馬に関われればと思っています。
◆鮫島一歩(さめしま・いっぽ)1954年(昭29)4月12日、鹿児島県生まれ。鹿児島南高から酪農学園大へ進み、卒業後は北海道の増本牧場で勤務。79年から栗東・増本厩舎で調教助手となった。99年に調教師免許を取得。00年3月開業。JRA通算7199戦590勝、重賞26勝(うちG1・1勝=10日現在)。06年に優秀調教師賞(関西3位)。16年福島牝馬Sをマコトブリジャールで勝ってJRA全10場重賞制覇を達成。
◆鮫島師が管理した主なJRA重賞馬 シルクフェイマス(04年日経新春杯など)レインボーペガサス(08年きさらぎ賞など)パドトロワ(12年アイビスSDなど)リトルゲルダ(14年セントウルSなど)モズカッチャン(17年エリザベス女王杯など)リフレーミング(24年小倉記念)。
◆今年は3月4日まで免許延長 現在の日本中央競馬会競馬施行規程第50条には「調教師の免許有効期間の満了日が木曜、金曜、土曜の時は満了日後の最初の火曜日まで延長する」とある。今年は2月28日が金曜のため、昨年に続いて、2月末で定年引退となる音無師ら7調教師の免許が3月4日(火)まで延長される。そのため3月1、2日の土日が最後の開催となる。これにより新規開業調教師の開業日は同5日(水)となる。

