誰も立ったことのない世界の頂点へ-。坂井瑠星騎手(28=矢作)が、今年こその米ブリーダーズC制覇に挑戦する。BCクラシック(G1、ダート2000メートル、現地11月1日=デルマー)で騎乗する相棒はフォーエバーヤング(牡4、矢作)。昨年、3着に敗れた舞台で人馬待望の勝利に挑む。
日刊スポーツでは「世界へ瑠星 Off to the world」と題して、坂井騎手の世界挑戦を4回連載で追う。第1回は、師匠・矢作芳人調教師(64)の後押しで実現したデビュー2年目のオーストラリア滞在を回想する。
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今から8年前、坂井騎手の前には大きな壁が立ちはだかっていた。17年11月、デビューわずか2年目で単身、オーストラリアへ渡った。当然、思うように騎乗馬が集まらず、乗れない、勝てない日々が5カ月も続いていた。「何をしに来たのだろう…」「人生でこんなにしんどいことはない…」。師匠の矢作師からは何度か「もう帰ってきてもいいよ」と声をかけられた。
帰ってきてもいい-。その言葉に、折れかけていた心を奮い立たせた。「まだ帰れません。もう少し、いさせてください」。その時、結果を出すまでは帰らないと心に決めた。半年の予定だった滞在を3カ月、延長した。この期間が、のちに大きな転機となった。
「ちょうど言葉が話せるようになってきて、もう少し頑張れば乗せてもらえそうだと感じていましたし、文字通り、死ぬ気で働きました。誰よりも早く厩舎に来て、厩舎作業をやりましたし、誰よりも遅くまで仕事をしました。もちろん休みなんて1日もなかったです。本当に“これでダメなら仕方ない”と思えるくらい頑張りました」
努力と比例するように、成績は上向いた。滞在6カ月が過ぎたあたりで勝ち星が徐々に増加。9カ月がたった頃には、R・バルフォー厩舎からの専属契約を勝ち取った。滞在をさらに3カ月延ばし、当初は半年だった予定が1年に。その期間の最後には、世界最高峰レースの1つ、コーフィールドCのソールインパクト(14着)で国内外通じて初のG1騎乗を果たした。
「本当にしんどい時期もありました。つらい思い出もありますけど、行って良かったです。もし今、しんどくなったとしても“あの時と比べたら”と動じないメンタル、自信がつきましたし、他の人ができない経験ができました」
ジョッキーになって3年もたたない若手騎手が、これだけの経験値を得た。自身の向上心はもちろん、師匠のバックアップも大きかった。幼少期から「世界で活躍する騎手」に憧れ続けた“坂井少年”の夢をかなえるため、矢作師は騎手候補生の頃から「デビューしたら海外に行くぞ」と声をかけ続けた。どこの国へ行くか、いつ行くか。現実的な話し合いを重ねた。そうして実現した遠征だった。
「先生は競馬につながることだったら何でもあと押しをしてくれます。オーストラリアにも何回か応援に来てくれました。先生には感謝しかありません。今回も、その矢作厩舎の馬でBCクラシックに挑むことができます。難しいレースになると思いますが、馬の力を信じて、世界一の称号を取れたらと思います」
あのオーストラリア遠征があったから、今の坂井瑠星がある。強いメンタル、多くの引き出し、誰にも負けない自信、そして支えてくれる人たちとの絆…。あの時に培った多くの財産が今に生かされている。
日本馬も日本人騎手も立ったことのないダートの世界最高峰、BCクラシックの頂点。3着で夢破れた1年前の雪辱を誓う坂井騎手、矢作師、そしてフォーエバーヤングの勝負の1週間が始まった。【藤本真育】
◆坂井瑠星(さかい・りゅうせい)1997年(平9)5月31日生まれ、東京都出身。16年3月に栗東・矢作厩舎所属で騎手デビュー。同4月2日阪神で初勝利。1年目は25勝を挙げ、中央競馬関西放送記者クラブ賞(関西所属騎手新人賞)を受賞。2年目は36勝と勝ち星を伸ばしながら秋にオーストラリアへ渡った。19年フィリーズレビュー(ノーワン)で重賞初制覇。22年秋華賞(スタニングローズ)でJRA・G1初制覇。今年のサウジC(フォーエバーヤング)で海外G1初制覇。先週26日京都で3年連続3回目のJRA年間100勝達成。JRA通算成績は5668戦616勝、重賞23勝(うちG1・6勝)。父は大井競馬の元騎手で現調教師の坂井英光師。

