ブルベ(長距離耐久サイクリング)で上れなかった峠が2つある。
ひとつは三国峠。静岡県道147号山中湖小山線上にあり、静岡、神奈川、山梨をまたがるもので、静岡側から行くと最大勾配18%の激坂・明神峠の先にある。東京オリンピックの男子ロードレースのコースともなった。
この峠が7年前の山中湖を往復する200キロコースに組み込まれた。明神峠は何度も休みながらも何とか自転車に乗って到達できたが、その先に現れた三国峠への「壁」に心が折れピークまでは歩いた(無念の押し歩きの様子はこちら)。
もうひとつは山梨・道志村にある厳道(がんどう)峠。同村と上野原市秋山の間にあり、道志みち(国道413号)側からは久保の吊り橋の先からアプローチする。雛鶴峠、鶴峠などを越える5年前の200キロコースの序盤に現れた。たった2・2キロだが最大勾配はここも18%。早々に諦め、ピークまでの残り1・7キロを歩いた(撃沈のもようはこちら)。
ともに歩いたのは自分だけではなく、大半の参加者が自転車を押して上っているので悲観することは全くないのだが、何となく心の奥底に引っかかっていた。
その後、厳道峠は逆の山梨県道35号(雛鶴峠へ向かう旧鎌倉裏街道)から安寺沢林道経由でチャレンジした(詳細はこちら)。道志側に比べると勾配は緩く、何とか足つきなしでクリアできたが、何となくすっきりしない。
そこで積年のモヤモヤを晴らすべく道志側からの再チャレンジを決意した。本来は久保からの登坂になるのだが、実は手前の野原林道からも厳道峠へは上ることができる。調べるとこちらの方が緩そうなのでこっちでもいいかなと道志みちを走りながら弱気の虫が頭をもたげてきたが、野原林道の入口には来年まで全面通止めの立て看板がど〜ん。意を決して久保から上り始めた。
序盤から10%超えの坂が続き、右へカーブすると一段ときつくなり15%近くの急坂となる。150メートルほど進んだ円福寺の前でいったん平坦となるがすぐに急勾配となり、180メートル地点の「飛雲嶺」と看板がある建物付近では勾配18%の壁となる。前回はこの地点で足を付き、その後は自転車に乗ることができなかった。ここが最初の踏ん張りどころ。せめて前回を超えたいとの思いでペダルを回す。
「飛雲嶺」の先を右にカーブすると勾配は落ち着いた。といっても勾配は13〜15%。決して緩くはないが、18%の後だと楽に感じる。「行けるかも」と希望の光が見えてきた。諦めず、黙々とペダルを回すことに専念する。時速は5キロ前後。歩くとのほぼ変わらないが、自転車には乗れている。
中盤で再び勾配18%が現れるが、距離は短く再び15%前後の坂が続くようになる。気持ちを切らさないよう、先をあせらないよう、我慢我慢でしのいでいく。
そして迎えた終盤の残り300メートル地点。右へのヘアピンカーブを曲がると真っ直ぐに伸びる勾配18%の壁が現れた。距離は200メートルほどか。見た瞬間、絶望的な気持ちになった。これが最後の坂かもという確信がなかったらきっと諦めていたろう。ダンシングでぐいっぐいっとひと踏みひと踏みに渾身のトルクを込め、亀の歩みで上っていく。息も上がってきた。気合を入れる叫び声が悲鳴のように聞こえる。車も人もおらず、たった一人の世界でもがく。そして見えてきた野原林道との合流地点。出口にある「全面通行禁止」の看板が勇気をくれた。「終わったー!」。
合流地点の前を左に折れると勾配は緩み、峠までは100メートルほど。息も絶え絶えで、足はガクガクとなったが厳道峠リベンジに成功(^o^)。展望はまったくない峠だが、達成感は過去最高。これで寝覚めも良くなる。
58歳で上れなかった峠が63歳になって上れた。体力がアップしたとは考えられない。原動力となったのはリア30T(前回は27T)に違いない。「乙女」と言われてもギアの力は偉大なり! よっしゃ、この勢いで三国峠も攻めてみるか。
道志みちでは東京オリンピックを記念した案内板を、両国橋の先の道志七里の起点と青根で新たに発見した。レガシーロードを走っているという気分が一層盛り上がるね。【石井政己】












