約50年前に廃線となった国鉄の鍛冶屋原(かじやばら)線(徳島県)の廃線跡をたどる旅の後編。分岐駅の板野から犬伏、羅漢の駅跡を県道沿いに見つけて、その後は神宅そして終点の鍛冶屋原。分かったことは50年前には想像もできなかったであろう周囲の変化と現在の変身ぶり。今年の年明けにもサッカーも含めた「ある目的」があって再訪となった。(訪問は2019年10月27日と今年1月5日)

神宅は「かんやけ」と読む。現役ならば難読駅クイズに登場していただろう。羅漢までは板野町だったが、ここから上板町に入る。地図を見ると川に沿って北へ向けて道路があり、神宅小学校があり幼稚園がある。道路幅の狭さと川沿いというのが経験から「いかにも」という感じで向かうことにした。

だが、これが全くの徒労だったのだ。それらしいものは見当たらず困惑の一途で県道12号まで戻ることにすると、やや不自然な細長い公園。まさにこれではないのか。バス停はまさに「神宅」だった。なんのことない、羅漢から県道を真っすぐ進んだ所だったのだ。策に溺れすぎたわけで、ショックだったのか、すぐ近くにある記念石碑を見つけられなかった。後で知って悔しかった。年明けの1月5日、1年2カ月ぶりに現地を訪れようやく写真に収めた次第(写真1~3)。

〈1〉神宅駅跡は小さな公園とバス停になっている(今年1月)
〈1〉神宅駅跡は小さな公園とバス停になっている(今年1月)
〈2〉前回なぜか見つけられなかった駅跡を示す石碑。奥の公園付近にかつての駅前の風情が残る(今年1月)
〈2〉前回なぜか見つけられなかった駅跡を示す石碑。奥の公園付近にかつての駅前の風情が残る(今年1月)
〈3〉神宅駅の跡地にある公園
〈3〉神宅駅の跡地にある公園

終点の鍛冶屋原も間違えた。こうなると県道沿いだろうと思って進むと今度は県道をショートカットする道路沿いだった。こちらは町役場から離れていくのでおかしいと思い、すぐ軌道修正。道路と店舗そして銀行店舗が集まり、いかにも終着駅の風情だ。その銀行横に石碑がある。うーん、ようやくたどり着いたか、と達成感に包まれながら周囲を眺めていると、あれ? この景色どこかで見たことあるぞ(写真4~6)。

〈4〉銀行横のスペースに駅跡を示す石碑があるが車で通過すると気づかない
〈4〉銀行横のスペースに駅跡を示す石碑があるが車で通過すると気づかない
〈5〉鍛冶屋原駅跡を示す石碑
〈5〉鍛冶屋原駅跡を示す石碑
〈6〉かつて終着駅だった雰囲気が残っている
〈6〉かつて終着駅だった雰囲気が残っている

廃線跡をあらためて戻るうちに確信となった。ちなみに今回の廃線跡巡りで掲載している写真は鍛冶屋原から戻る際にもう1度撮り直したものである。板野からだと分からなかったが、板野へと進んでいくと分かった。私は何度もこの道路を通っていた。特に高松自動車道の整備が進んだこの20年ほどは付近で頻繁にハンドルを握っている。それ以前にも旧鍛冶屋原駅付近を通ったことがある。いずれも板野に向けての運転だったので来る時は気づかなかったのだ。

なぜ何度も通ったかというと板野インターから高速に乗るため。鍛冶屋原線の廃線跡も利用している県道は板野インターへの導線のひとつになっている。板野インターは徳島自動車道の藍住インターとの「乗り換えインター」にもなっていて利用も多いが、こちらの県道は鳴門へ至る道路でもあり交通量も多い。道路沿いにはコンビニ、飲食店があり、かつて鉄路があったとは思えないほど道路として溶け込んでいる。

地方において、これほど痕跡が残っていない廃線も珍しい。かつての駅付近は「そう言われれば」という雰囲気が残っているだけ。各駅跡にある小さな石碑は、かなりの歳月を経て設置されたものだ。1972年という廃線が早すぎたのか。高度経済成長期。道路転用の際、廃線跡を何らかの形で残すという発想がなかったのかもしれない。

鍛冶屋原線は決して「有名廃線」ではなく、廃線跡も痕跡の少ない道路を進むだけで廃線巡りが好きな人には物足りないかもしれない。それでも戦時中は金属供給でレールがはがされて休止され、復活後も赤字続きでいち早く姿を消した鉄路である。大阪まで2時間程度で行けるようになるとは、高速道路へ向かうコンビニの居並ぶ主要道路へと姿を変えるとは、廃線時に誰が考えただろうか(そもそも当時、24時間営業のコンビニという発想がない)。

鍛冶屋原のバス停を見ると廃線時よりも運行は多いようだ(写真7)。

〈7〉鍛冶屋原のバス停
〈7〉鍛冶屋原のバス停

廃線に伴う代行バスのダイヤが徐々に薄くなって、やがては…というパターンにもなっていない。鉄道ファンとしてはちょっぴり残念だが、大正期の人やモノを運ぶという意義がグレードアップされて残った貴重な例だと思う。【高木茂久】

〈8〉徳島ヴォルティスの練習場入り口で(今年1月)
〈8〉徳島ヴォルティスの練習場入り口で(今年1月)
〈9〉板野駅付近には応援ののぼりが並んでいた(今年1月)
〈9〉板野駅付近には応援ののぼりが並んでいた(今年1月)

○…年明け早々に再訪したのは、今季J1に復帰する徳島ヴォルティスの練習場を見に行くためだった。鍛冶屋原線の旧線付近でかなり方向幕を見ることができる。20年以上前はJリーグを目指し(まだJ2はなかった)、実績のある外国人選手も補強しながら、うまくいかない五里霧中のころだった。山中にある徳島市球技場で平日の昼間に行われていたJFLの試合が懐かしい。当時と今は練習場も異なるので初訪問。ノーアポだったので入り口までで失礼したが、J2王者として臨む7季ぶりのJ1。ぜひ頑張ってください(写真8、9)。

※日時が入っていない写真は一昨年10月のもの