神戸電鉄粟生線は、ここ10年以上、利用者減による存続問題を抱えている。車社会の広がり、ニュータウンの老齢化、さらには高速道路発展による競合バスの登場など、複合的な要素が重なってのものだが、政令指定都市神戸へ乗り入れ、周辺の沿線人口も十分な路線で存続問題が起きるのは異例のことである。

粟生(あお)線の主要駅である小野駅の時刻表である(写真1)。粟生とはJR加古川線、北条鉄道の結点。小野から2駅で粟生線の終点だが、昼から夕方にかけては1時間に1本。加古川線、北条鉄道とも1時間に1本の運行で、すべての路線が接続できるダイヤが組まれているが、それにしても寂しい時刻表だ。神戸市内へ向かう電車も昼間は1時間に1本しかない。

〈1〉小野駅の時刻表
〈1〉小野駅の時刻表

粟生線は戦前に三木電気鉄道が敷設した。名前の通り、神戸と三木を結んだが、戦後に現在の神戸電鉄と合併し、戦後7年を経た1952年に粟生まで全通した。その後、世は高度経済成長期へと入っていき、農地や森林だった沿線は宅地造成が進んで、新たな住宅街ができた。利用者も増えた。このような状況が90年代前半まで続くが、バブル終焉(しゅうえん)とともにストップ。その後は利用者減となる。

ひとつの理由がニュータウンの高齢化だ。これは全国的な問題でニュータウンで生まれた子どもが成長し、街にとどまらず出ていくと、街はお年寄りばかりになってしまうという現象。鉄道利用者の主力である高校生も減っていく。

〈2〉付近のニュータウンの中心駅となる緑が丘
〈2〉付近のニュータウンの中心駅となる緑が丘
〈3〉緑が丘の駅名標
〈3〉緑が丘の駅名標

それでも沿線人口を考えると、大赤字となるほどの利用者減とはならないはずだが、車社会が追い打ちをかけた。ただし、こちらも単に移動手段だけというなら、大幅な利用者減とはならない。基本となる通勤の流動は神戸の中心部、三宮のはずで三宮へマイカー通勤というのは駐車場所の経費などを考えると簡単なものではない。

〈4〉緑が丘駅前の三宮行きバスの時刻表
〈4〉緑が丘駅前の三宮行きバスの時刻表

大きかったのは高速道路網の発展である。こちらを利用してのバス路線設置が粟生線から乗客を奪った。三木市の恵比須駅を主な発着地とする恵比須~三宮線だ。粟生線では三木市の最南部となる緑が丘は1面1線の無人駅ながら付近の住宅街の中心駅で学校も多く駅前は常ににぎわっている、駅前には大きなターミナルがあり、三宮行きのバスも必ずここを通るが、バスの時刻表を見るとラッシュ時はギッシリ文字が詰まっている。利用の多い時間は5分に1本の運行。この時間帯は神戸電鉄も運行は多いが、それでも7時台で6本。バスが圧倒的に多い(写真2~4)。

路線バスながら、高速道路を通るので立ち客は認められない。逆に言うと必ず座れる。満員の場合は乗れないが本数の多さでカバーする。バスなので駅まで行かなくても住宅街の各所を回ってくれるのも利用者にはプラスだ。

ラッシュ時のバスなので渋滞に巻き込まれて大変そうだが、山中の自動車専用道経由でそうでもない。もちろん昼間より朝の方が時間はかかるが、三宮への到達時間はほぼ互角。これはどういうことかというと、神戸電鉄利用の場合、三宮へ向かう際は必ず乗り換えが発生するからだ。阪急、阪神、山陽、神鉄を結ぶ目的でできた神戸高速鉄道は阪急、阪神と山陽はレールでつながっているが、神鉄については新開地が頭端式の行き止まり構造で乗り換えが必要となる。加えて言うと神戸高速の別料金が発生するため、バス利用の方が運賃は若干安い。

以前、三木鉄道の廃線跡を歩いた際(2020年1月16日付)に、粟生線の発展によって国鉄三木線の利用者が激減したと記したが、今度は高速利用のバスに粟生線がピンチに陥っている。

〈5〉運行の拠点となる志染駅
〈5〉運行の拠点となる志染駅
〈6〉西鈴蘭台までは15分に1本の運行となっている
〈6〉西鈴蘭台までは15分に1本の運行となっている

一時、粟生線は大幅に本数を減らされた。昼間は志染までの本数が15分に1本から30分に1本となり、志染以遠は1時間に1本。志染も三木市ではあるが、市の中心駅である三木までが1時間に1本になってしまい、利用者減→本数削減→さらに利用者減という負の流れに陥っていた。一方で鈴蘭台~西鈴蘭台のたった2駅、時間にして3分という電車が設定されることで、この区間は15分に1本間隔という、ややいびつなダイヤは今も続いている(写真5、6)。

〈7〉三木の下り駅舎は仮の形で営業している
〈7〉三木の下り駅舎は仮の形で営業している
〈8〉昼間は三木止まりの電車が社会実験で運行されている
〈8〉昼間は三木止まりの電車が社会実験で運行されている
〈9〉三木には電車を模したトイレがある
〈9〉三木には電車を模したトイレがある
〈10〉志染駅が最寄りである三木東高校の生徒による粟生線利用促進のイラスト
〈10〉志染駅が最寄りである三木東高校の生徒による粟生線利用促進のイラスト

粟生線活性化協議会では10年以上、粟生線乗車を呼びかけ、昨春からは社会実験として昼間の志染止まりが三木まで延伸、この区間は30分に1本、さらに小野行きも1日1本が増便された。一応、来年までの措置とされている。三木駅は3年前の火事で80年もの歴史を持つ駅舎が失われたが、来春にも再建の予定だ。それだけの歴史を持つ路線である。せっかくの新駅舎が輝き続けることを祈りたい。【高木茂久】(写真7~10)