前回は、頭蓋骨の内側にあって脳を包んでいる膜にできる良性腫瘍の「髄膜腫」を紹介し、その中でも「海綿静脈洞内腫瘍」はほぼ手術ができないことを知っていただきました。海綿静脈洞は、頭蓋骨内の目の真後ろあたりにあり、海綿状の内腔構造を持った太い静脈の土管のような存在です。今回は、海綿静脈洞内腫瘍を患った50代のD子さんのケースを紹介します。

D子さんは左側を見ると物がダブって見える「外転神経まひ」を訴えて受診。MRI検査を行うと、脳の深部に5センチを超える巨大な髄膜腫が見つかりました。実際には海綿静脈洞外に4センチくらい、海綿静脈洞内に1・5センチくらいあり、それが外転神経を圧迫して症状が出ていたことがわかりました。しかし、これは手術でとっても外転神経まひは絶対に治りません。

だから、手術とガンマナイフでの統合治療戦略による対応になります。実際、手術には準備期間が1カ月程度かかるので、私は手術担当の川俣教授に「手術待機中に先にガンマナイフを行い、その後手術の段取りでよろしいですか?」と提案し、了解を得ました。

まず、海綿静脈洞内の1・5センチの腫瘍には、0・1ミリ単位で外転神経を避けてガンマナイフで照射。外側の4センチの髄膜腫は手術でとりますが、その発生箇所にも先に照射しました。海綿静脈洞の場合、発生箇所を切り取ることができないので、手術が成功しても再発の恐れが高い確率であります。まさに、先手を打って根治を目指しました。

D子さんは治療後7年が経過しました。再発はなく、外転神経まひはガンマナイフ後1カ月で治癒しました。今はごく普通に生活し、人生を謳歌(おうか)されています。