「聴神経腫瘍(良性腫瘍)」の患者さんのケースを紹介します。30代のK男さんは大学ゴルフ部出身のプロゴルファー。K男さんは「パットが入らない」「ふらつく」症状に「何か変だ」と感じて病院を受診しました。そこでMRI検査を受けると耳の奥で脳幹に達する形で2・5センチの腫瘍が見つかったのです。画像を見ると、やわらかい聴神経腫瘍で、専門的には「嚢胞(のうほう)性聴神経腫瘍」と言われています。水の袋を持ちながら大きくなりやすい腫瘍です。

最初の脳神経外科医は「手術」と。K男さんは、いろんな病院でセカンドオピニオンを受けました。「手術することで、顔が曲がる可能性があり、音は聞こえなくなる。それでも、若いから手術しかない」と言われ続けました。そして、私のところを受診されたのです。

私はK男さんがどのように考えているかをしっかり知るため、徹底して話し合いました。当時ガンマナイフ治療は、かえって嚢胞成分を膨らみやすくするので適応にはならない、と話しました。K男さんの決断は“経過観察”でした。

一方で、K男さんは「林先生のような医師になりたい」と話し、医学部受験のために予備校に通い始めました。それから、私は半年に1回MRIを撮ってチェックすることにしました。経過観察して3年後、突発性難聴があり、MRI検査の結果、腫瘍が4センチと大きくなっていました。医師で働くには音が聞こえない、顔が曲がっては難しい。私はこの間、K男さんの状態に対応できるガンマナイフ治療を研究していました。そして、私は手術ではなく、「ガンマナイフをやろう! ベストな治療法ができた。任せてほしい」と声をかけたのです。K男さんは了解してくれました。

K男さんが私のところを受診して3年目にガンマナイフで治療をし、10年以上たった今では、腫瘍は1・5センチにまで小さくなり、顔も曲がらず音も聞こえるままです。K男さんは医学部に無事に合格。そして、今は医師として頑張っています。(取材=医学ジャーナリスト・松井宏夫)