WBCで侍ジャパンを苦しめたキューバは、惜しくも2次ラウンド敗退となった。チームに同行していた用具係のオスミン・マチン・バルデスさん(39)に、お世話になった。キューバ出身ながら「マチンと呼んで下さい」と、日本語はペラペラ。現在は東京在住で、今年4月で来日して15年目になる。選手取材など、忙しい合間にこちらの要望に応えてくれて、本当に助かった。
マチンさんが来日したきっかけは、文部科学省が海外の学生向けに実施する国費外国人留学生制度に応募したこと。言語学が専門で英語を習得。さらに日本語に興味を持ち、来日を決意。筑波大へ留学し、卒業後も日本にとどまった。語学学校で講師を務める傍ら、イベント会社にも登録。今大会のキューバチームを支えるスタッフとして白羽の矢が立った。
子どもの頃から野球が大好きだったという。「自分も野球選手になりたくて、しょうがなかった。だけど、その能力はなかったですね。好きだった選手はパチェコでした」。パチェコは92年バルセロナ五輪、96年アトランタ五輪で金メダルを獲得。主将を務め、02年から04年まで日本の社会人野球シダックスでもプレーした。キューバ野球の黄金期を支えたレジェンドにあこがれた。
近年は主力選手が次々と米国へ亡命し、今大会もかつての強さほどではなかった。15日のオランダ戦は1-14で大敗。「本当に恥ずかしい試合だった。キューバ自体が変わらないと野球も変わらない」。母国の強くたくましい姿を知るからこそ、試合後は現状を憂いながら悔しさを隠さなかった。国を背負う気持ちは、選手もスタッフも変わらない。「もちろん、次もチームを支えます」。祖国を離れても、母国愛は変わらない。だから、厳しいことも言う。次は、もっと強いキューバが見てみたい。
【日本ハム担当 木下大輔】




