プロ野球番記者コラム

矢野監督も受けた高木守道さんの変わらない熱血指導

<ニッカンスポーツ・コム/プロ野球番記者コラム>

阪神矢野監督が心不全のため78歳で急死した中日元監督・高木守道氏をしのんだ。「引退して何年たってたんやろな。置きティーやけど、ボールだけクリーンにカーンって打って。そういうふうに指導してもらった」。プロ2年目の92年に中日の監督に高木氏が就任。まだ「1軍クラス」ではなかった現役時代の矢野監督にも自ら手本を見せて指導したという。

高木守道さん(2018年5月31日撮影)
高木守道さん(2018年5月31日撮影)

高木氏が2度目の中日監督を務めた12、13年にドラゴンズの担当記者だった。落合監督からバトンを受けた球界最年長監督の言動は新鮮だった。野手を使い切る前のめり采配、権藤投手コーチとの70代バトル、観客のヤジに応戦…。前監督とのギャップに驚き、毎日何かが起きる「守道劇場」をどこかワクワクしながら見ていたのを思い出す。

70代だった高木監督は、自らバットを握り、グラブもはめた。若手野手10人を集めた12年11月の沖縄秋季キャンプでは、ボール拾いからライン引きまでして選手たちを指導した。プロ野球の歴史に残る名選手。「なんであれができないんや?」ともどかしさがあったのだろう。だが、「怒りメーター」が振り切れた翌日にも、また選手に熱血指導していた。守道さんの情熱はずっと変わらなかった。【阪神担当=桝井聡】

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