ラップを刻む高校球児がいた。山梨学院の椙浦(すぎうら)元貴捕手(3年)は控えだったが、常に目立つところから周囲へ気を配った。3歳上の兄、光さんは同野球部OB。16年夏の甲子園を経験した現役のラッパーだ。

高校野球とラップ。異色の組み合わせが新鮮で、椙浦は何度かマスコミに登場した。高校通算53発、主砲の“山梨学院のデスパイネ”こと野村健太外野手(3年)とのコンビ。2人は親友で寮では絶対的存在。センバツでの1試合2発で知名度急上昇の野村を椙浦は気遣い、野村もまた、椙浦がマスコミに登場する時は隣でリズムを刻み、側面からアシストした。

信頼関係を象徴するシーンが山梨大会であった。7月15日の日本航空戦、2点リードの4回1死満塁。緊張している野村の元へ、椙浦はベンチを飛び出し、耳元でささやいた。主砲の表情はちょっと緩み、打席へ。試合後、内容を聞いた。

椙浦 お前のことなんか誰も注目してない。だから、思い切りバット振れよ。

選んだ言葉に理由はあった。「野村はああ見えて、本当はとても気持ちが細やかなんです。打てないと気にするところがあるんです」。その試合後、野村に気遣いコメントの感想を聞くと言った。「お前なんて誰も気にしてないって言われました。そう言ってくれたんですけど、三振しちゃいました。ガハハハハ」

なんて、気持ちのいい連中だ。取材していて、一緒にこちらも「ガハハハハ」。報道陣と高野連関係者に白い目で見られた。

椙浦だけのオリジナルのアドバイスを、甲子園でも取材したかった。そして、勝利のラップ最新版も見たかった。熊本工戦前は「勝った時のために、もう用意はしてあるんです。みんなに聞いてもらいたいんですけどね」と笑っていた。自分の気持ち、その時の情景をいつもフレーズに変えていた。

もう1つ、心に期するものがあった。兄の光さんは甲子園で代打で見逃し三振。2ストライク後、最後も振らなかった。「1球でも長く、この光景を見ていたかったから」と明かしてくれた。

兄からは大会前、こう言われた。「ヒットを打て。そしたら俺を超えるぞ」。椙浦は振ると決めていた。「僕は振ります。初球からいきます。好きなのはややインコースの低めです。イメージはこうです」。左手をかざし左翼へ伸びる打球を描いた。

そのチャンスは延長12回の熱戦にのみ込まれていく。サヨナラアーチがバックスクリーンに飛びこみ、勝ちラップも、兄超えの夢も、浜風とともに遠くへ。

「野球はここまでです」。椙浦の言葉が耳に残る。涙も見せず、いつも通り、きびきび動いて甲子園を去った。ラッパー椙浦、フォア・ザ・チームに生きた球児。クールなフェードアウトが染みた。【井上真】