<ヤンキース6-5オリオールズ>◇2014年9月25日◇ヤンキースタジアム
持って生まれた天賦の才なのか-。「スーパー」が付くようなスター選手は、だれもが想像できないような奇想天外なストーリーを生み出す。常勝ヤンキースの黄金時代を支えたデレク・ジーターは、そんな選手だった。
14年9月25日。ヤンキースの本拠地ヤンキースタジアムは、異様な空気に包まれていた。そのシーズン限りで現役引退を表明していたキャプテンにとって、地元最終戦となるオリオールズ戦。ジーターが各打席に向かうたびに、全観衆が立ち上がり、「Thank you Derek(ありがとう、デレク)」などのプラカードを掲げた。
ヤンキース一筋20年。プレーオフ進出への夢が消えていたとはいえ、ファンにとっては特別な試合だった。比較するとすれば1974年10月14日、巨人長嶋茂雄の引退試合に匹敵するといってもいい。一挙手一投足を、テレビカメラが追い続けた。
先発の黒田博樹が8回まで3安打2失点と好投。ヤンキースが5-2とリードして9回を迎えた。ところが、クローザーのロバートソンが2アーチを浴び、同点に追い付かれた。結果的に米国最終登板となった黒田の12勝目は消え、延長戦に突入した。
そこからドラマは最高潮を迎える。延長10回1死二塁で、打席に向かったのはジーター。回ってこないはずの打席に、地元ファンは総立ちとなった。結果は、いかにもジーターらしい、押っつけながらの右前サヨナラ打。「8番右翼」で出場していたイチローらナイン全員がベンチから飛び出し、雄たけびを上げるキャプテンを祝福した。
ワールドシリーズ制覇時を思い起こさせるようなエンディングだった。「正直言って、今日はどんなプレーをしたのか覚えていないよ」。いつもはクールなジーターが、必死に涙をこらえる光景が印象的だった。
試合後のイチローは、半ばあきれるかのように「この展開になることがありえないというか、漫画でもやり過ぎ。それが目の前で起きて、本当に決めるんだからね」と笑った。テレビ中継のゲスト解説として現場に立ち会った盟友の松井秀喜も言った。「同点になった時点でこうなるんじゃないかと、という感じがしました。それをやるのが、デレク・ジーター。驚いてないですよ、僕自身は」。スーパースターだけが持つ、理屈では説明不可能な力や巡り合わせを再認識させる一戦だった。
イチローや松井が感嘆するほど強烈なリーダーシップを持ち、ヤンキースだけでなく、メジャー全体をけん引し、ファンから愛され続けたジーター。
「ありのままの人、ということに集約される。やっていることに言ってることが伴っているから、人の心が動く。聞いている人に、それが本物の言葉かどうか分かるでしょ。この人に関しては、欠点がないことが欠点。もうあり得ない人だね」
親近感と尊敬の念を込めたイチローの言葉が、何よりもジーターの偉大さを物語っていた。(敬称略)【四竈衛】