連載を始めるにあたって、どうしても自分の目で見たい選手がいた。阪神の藤浪晋太郎投手である。一言も話したこともないし、面識もない。感覚的なものではあるが、入団した時から「素晴らしい素材だ」と決め付けていた。

12年8月、夏の甲子園で春夏連覇を達成し抱き合う大阪桐蔭・藤浪(右)と森
12年8月、夏の甲子園で春夏連覇を達成し抱き合う大阪桐蔭・藤浪(右)と森

「遠くに飛ばす能力、速い球を投げる能力は、持って生まれたもの」との持論がある。藤浪君は、普通に150キロを超えるストレートを投げる。あのような素材の選手と「投げる」を探求するのは、コーチ冥利(みょうり)に尽きる。しかも彼は、大阪桐蔭で甲子園を春夏連覇している。勝負根性を持ち合わせていなければ日本一にはなれない。ここ数年は本調子にないが、今もプロ野球界の財産であると確信している。

今の立場で言えることは制限があり、余計なお世話かもしれない。独り言として思いを記したい。

藤浪君。野球を始めたのはいつごろかは知らないが、1度その当時に戻り、原点に返って考えてみるのもひとつの方法ではないだろうか。投手は打たれないのが仕事だが、半面、打たれることも仕事だ。そのことが分かれば、ピッチングが窮屈にならないはずだ。人にないものを持っていることを、自覚してほしい。

現在は試行錯誤しているところだろう。もしかしたら、誤解されやすいタイプなのかもしれない。絶対に焦ってはいけない。長い人生において、プロ野球選手は若い時しかできない。自分のように、遠くで期待している人もいるということを知ってほしい。今はとにかく「踏ん張れ!」と言いたい。

23日、広島戦の6回、ピレラに逆転満塁本塁打を浴び悔しそうな表情を見せる阪神藤浪
23日、広島戦の6回、ピレラに逆転満塁本塁打を浴び悔しそうな表情を見せる阪神藤浪

高校を卒業し、プロ入りする選手の育成は本当に難しい。大卒や社会人卒の選手と比べ、心と体の成長度合いが激しいからだ。実は、体のケア以上に心のケアが大事になる。

15年以上も前になるが、茨城の鉾田一からドラフト7巡目で巨人に入団した東野峻に「もう鉾田に帰って、メロンを作ったらどうだ」と言ったことがある。

原監督から“ファイト投法”と命名されたように、攻めの投球が持ち味のように思われていた。しかし実際は繊細なマイナス思考の持ち主で、打たれるのを嫌がって慎重に投げた結果、ボール先行になる傾向が見られた。独特のスライダー、投球センス、練習への姿勢…素晴らしいものを持つ一方、その性格が自らを苦しめるところがあったので、突き放すような言葉で反骨心をあおって、導こうと考えた。

マウンドには逃げ場がない。投げるボールはもちろん、立ち居振る舞いに人間そのものが出る。藤浪君の投球を直接見ることで、何かエールをと、ずっと思っていた。昨年にがんの手術を受けたことと、新型コロナウイルスの影響で、かなっていないが、今の自分にとっての張り合いであることに変わりはない。放浪の詩人、種田山頭火が「ふるさと」について読んだ2句を添えてエールとしたい。

ふるさとは遠くにして木の芽

雨ふるふるさとは はだしで歩く

離れてこそ、原点の尊さが分かる。(つづく)

◆小谷正勝(こたに・ただかつ)1945年(昭20)兵庫・明石市生まれ。国学院大から67年ドラフト1位で大洋入団。通算24勝27敗。79年からコーチ業に。11年まで在京セ・リーグ3球団で投手コーチを務め、13年からロッテで指導。17年から昨季まで、巨人で投手コーチ。