ふくださんの高校野球が好き

「令和の怪物」大船渡・佐々木投手を見に岩手へ/2

「令和の怪物」163キロ右腕、大船渡の佐々木朗希投手の岩手県大会を取材しに再び岩手へ出張した。

釜石にサヨナラ負けで初戦敗退を喫した大船渡・佐々木(中央奥)は、表情を隠して相手を見つめる(2019年5月18日撮影)
釜石にサヨナラ負けで初戦敗退を喫した大船渡・佐々木(中央奥)は、表情を隠して相手を見つめる(2019年5月18日撮影)

【16日】

午前に都内の自宅を出発。岩手県の宮古市を目指す。まずは東京駅から新幹線「はやぶさ」で盛岡へ。そこから在来線「快速リアス」に乗り換えた。初めて乗る列車。1両編成で乗客は私を入れて15人ほど。盛岡の住宅街の中を20分ほど走ると深い山の中へと入っていった。

川沿いを列車は進む。前回も感じたが岩手の川は水がきれいだ。透き通っていて川底が見える。魚を探したが見つけることはできなかった。

小さなトンネルをいくつもくぐって1時間。まだ着かない。2時間6分かかって、夕方4時ころ、ようやく宮古に到着した。

宮古駅前のホテルにチェックイン。近くに「魚菜市場」という地元の特産品などを扱うショッピングセンターがあるというので、出掛けてみた。三陸の海の幸を扱うお店が多く、心を揺さぶられたのが牛乳瓶に入ったウニ。前回出張のの釜石のイオンでは3980円だったが、こちらは2300~2500円。ただし1人で食べきれるかどうか。30分ほど迷った末に今回は断念。イカ塩からの小瓶、かまぼこ、ビールを買ってホテルに一度戻った。

近くの飲食店情報を収集するとホテル近くにおいしい中華料理店があることが分かった。店に向かいカニチャーハン(850円)を注文。チャーハンの上にズワイガニのほぐし身がたっぷり乗っていた。満足して店を後にしてホテルへ。入浴して塩からをつまみに缶ビールを飲んで早めに休んだ。

【17日】

この日、岩手大会が開幕。「野田村ライジングサンスタジアム」のある陸中野田までは宮古から三陸リアス線で1時間20分ほどかかる。ホテルをチェックアウトし宮古駅へ。午前6時58分発の列車で陸中野田を目指した。これまた1両編成の列車に乗客は私を入れて5人ほど。2×2の4人掛けの座席。真ん中には食事ができるほどのテーブルが付いている。一緒に乗った女子中学生がカバンから教科書、ノートを取り出して勉強を始めた。なるほど、宿題をするにはもってこいのテーブルでもあった。

列車は海岸線を走っているはずだが海はほとんど見えない。トンネルが多い。「やませ」という霧も出た。進むにつれ宮古から一緒に乗った乗客も1人減り、2人減り、田野畑という駅でとうとう乗客は私1人になってしまった。心細いことこのうえない。午前8時19分、球場の最寄り駅「陸中野田」にようやく到着した。

駅から球場までは徒歩で25分ほどか。ただ道が分からないし荷物も大量にあるのでタクシーを使うことに。運良く1台、空車のタクシーが駅前に停まっていた。「ラッキー!」と車に近づいたがなんと運転手さんがいない。待つこと3分。運転手さんが現れた。ホっ。

球場までは10分もかからなかった。ただ小高い丘の上に球場があるため、荷物を抱えて歩くのはきつそうだ。

8時半過ぎに無事、球場に到着。本部席にお邪魔して取材パスをもらった。小さな記者席もあるにはあるが、今回は使用できないという。荷物を抱えてスタンドに上がってみた。グラウンドでは第1試合、久慈-伊保内の選手がシートノックを行っていた。午前9時プレーボール。

時折「やませ」がグラウンドを覆う。しかし選手たちは慣れたものなのか、タイムがかかることもない。途中、スコアボードが見えなくなるほど霧が濃くなったが、それでも試合は普通に行われ、地元の久慈が5-1で快勝した。

第1試合終了後、球場事務所にお邪魔した。「ライジングサンスタジアム」という名前の由来を知りたかったからだ。事務所のおじさんに聞くと「一般募集してこの名前に決まったんですよ」と話してくれた。壁に貼ってある紙には「朝日(太陽)が昇るように、村政が発展することを願って命名」と記してあった。

同球場は2000年3月にオープン。丘の上にあったため11年の東日本大震災では津波などの被害をほとんど受けなかった。このためグラウンドは赤十字などの医療の拠点になったそうだ。おじさんは「うれしそうに大谷君も1年生の時、ここでプレーしたんですよ。明日の佐々木君も楽しみ」と笑った。

そして第2試合、プロ注目の石塚綜一郎捕手(3年)の黒沢尻工と黒沢尻北が対戦。DeNA、阪神など4球団のスカウトがネット裏に陣取った。

実は前回、住田町の球場で隣に座ったのがDeNA欠端光則スカウトだった。大船渡・佐々木投手が登板することなく試合が終わり「また、野田村で」と別れた。2日ほど前に欠端スカウトから電話をもらった。「野田村、行くよね」と。「行きますよ。黒沢尻工にいい捕手がいるそうじゃないですか。見ますよね」と確認すると「じゃあ、球場で」。欠端さんと私は同学年。ただこれまで全く取材する機会がなく前回初めて名刺交換した。岩手・福岡高のエースとして3年夏に甲子園出場。80年ドラフト3位でロッテ入りしトレードで大洋(現DeNA)に移籍。93年に引退するまで通算57勝を挙げた。立派なものである。

今回もすぐ近くの席で試合を見た。注目の石塚捕手は2打数1安打2打点2四球とまずまずの結果を出した。素早いスローイング、堅実な捕球と、捕手として素材の良さをアピール。9回にはマウンドにも上がった。欠端スカウトがスピードガンで計測すると最速は「129キロ」。投手として物足りないが、秋のドラフトへ名前を覚えておきたい選手に違いはない。

試合が終わり明日18日の大船渡戦に備え、今度は八戸に移動することにした。今回も東京からK記者が岩手入り。ただ球場近くにホテルはなく拠点を約70キロ北、青森県の八戸に構えたのだ。翌日は早朝、K記者のレンタカーに同乗させてもらい球場に向かう段取りになっている。

取材熱心なK記者のことだ。遅くても午前6時には球場入りして取材を始めるだろう。明日の朝はとんでもなく早い出発になりそうだ。

球場からタクシーを呼ぶと、行きと同じ運転手さんだった。

陸中野田を午後2時41分に出る三陸リアス線で終点の久慈へ。ここからJR八戸線に乗り換え八戸へと向かう。列車は太平洋岸をトコトコ進む。晴れていればきれいな海が見えるのだろうが、ここでも「やませ」が出現。霧でほとんど見えなかった。

2時間弱でホテルのある本八戸に到着。明朝早いので飲みに出るのは控えた。近くにデパートがあったので地下食へ。やりいかのお刺身、イカメンチ、サバ寿司、缶ビールを1本買ってホテルへ。するとK記者から恐怖のLINEが。出発は午前4時に決まった。急いで食事と風呂を済ませベッドにもぐりこんだ。

【18日】

大船渡戦当日。

午前3時半に起床。K記者に加えAカメラマンも一緒に行くため寝坊は絶対に許されない。午前3時58分ころホテル前に出るとすでにK記者の車は到着していた。別のホテルでAカメラマンをピックアップ。無事3人で野田村へ向け発進した。

八戸地方の日出は早く4時過ぎには明るくなってきた。ただまたしても「やませ」が。運転するK記者も大変だ。信号でさえ霧でもやって見づらい。それでも安全運転で午前5時過ぎ、無事に球場に到着した。

すでに球場の入り口ゲートにはファンが並んでいた。今回も記者席が無いため入場券を買っておく必要がある。私もその列に並んだ。前から12番目だった。

1時間ほど待って6時半にゲートが開いた。後ろをみると100人近い人が列を延ばしていた。無事、入場券を購入しスタンドへ。席を抑えて午前10時の試合開始を待った。

すると目の前の席に中日の八木智哉スカウト(35)が席を取った。八木スカウトもこれまで取材したことはなく初対面。名刺を交換し「佐々木投手が投げたらスピードガンの数字を教えてもらえますか」とずうずうしくもお願いしてみた。すると八木さんは「いいですよ。どんどん(ガンの数字を)見ちゃってください」と人懐っこい笑顔。なんて良い人なのだ。これで安心して速報ができそうだ。しばらくして前日一緒だったDeNA欠端スカウトも登場。無事、ネット裏に陣取った。

果たして佐々木投手は登板するのか。大船渡ナインがグラウンドに現れ練習を開始。すると八木スカウトが「先発しないかもしれませんね」と言う。先発投手の調整ではないとのことだった。さすがは元投手である。

そして試合開始30分前、K記者からLINEが来た。「ローきは四番ライト」。慌てているのか片仮名と平仮名がごっちゃになっている。八木スカウトに「4番ライトです」と伝えると「やっぱりね」と苦笑いした。

午前10時、試合が始まった。

1回裏、大船渡は先発の和田投手が釜石打線につかまりいきなり6連打などで4失点。苦しい立ち上がりとなった。それでも2回に木下外野手の2ランで2点差。8回には相手三塁手のまさかの落球などもあって4-4同点に追いついた。さらに2回以降、和田投手が完全に立ち直り釜石打線を9回まで初回の4失点だけと踏ん張り4-4で延長戦へ突入した。流れは大船渡かと思われた。しかし10回裏、和田投手が制球を乱し無死満塁のピンチ。釜石の3番打者・黒沢選手に適時打を許し4-5でサヨナラ負け。佐々木投手は結局、1球も投げないまま春の県大会が終わってしまった。

大急ぎで「大船渡、初戦サヨナラ負け」の速報をアップして、取材に向かった。

まずは国保陽平監督。試合に負けてこれほど多くの報道陣に囲まれるのは恐らく初めてではないか。顔は真っ赤にほてっていた。まだ32歳。青年監督と言っていい。

報道陣の質問は当然、なぜ佐々木投手を登板させなかったことに集中する。

「ゲームの中で登板させるかを考えていました。(先発の)和田が一生懸命投げていたので勝ちを付けさせてあげたいと、引っ張りました」。

プレッシャーはあったのかと問われると「プレッシャーは感じませんでしたが、負けてみるとプレッシャーというか、期待に応えたいという気持ちが強くて…。プレッシャーはあるんだと思います」

国保監督にはさまざまなミッションがある。チームの勝利。甲子園出場。佐々木投手の育成。故障無くプロに送り出す。もちろん佐々木投手だけではない。全部員を育て、チームを強くしなければならない。

「(佐々木の)ワンマンチームになりそうな面もあるんですが、それでいいのかな?と。全員で勝ちを目指してやっているので」

葛藤、ジレンマ、プレッシャー、責任の重さ…。多くのものを背負っているに違いない。チームの目標は夏の甲子園出場。そのための最善の策を考えていく。この青年監督はそのすべてに立ち向かう覚悟を決めているかのように感じた。

そして佐々木投手。

「チームが負けてしまって、すごく悔しいです」

1球も投げずに負けた。登板したかったのでは?

「自分は任せられたところでしっかり頑張りたいです」

登板しなかった前回、地区予選決勝の後も同じようなことを話していた。

「夏に甲子園に行きたいです。夏に勝つのがベスト。すべては夏に勝つため。夏、勝てればいいです」

国保監督も、佐々木投手も夏に向けて悔いのない道を歩んでほしい。

取材が終わった。さて、八戸に戻らねばならない。ホテルは準々決勝まで勝ち残ることを想定してあと2泊予約している。しかしまさかの初戦敗退。ホテルをキャンセルして、荷物をまとめて帰京しなければならない。

するとK記者から電話がかかってきた。そろそろ八戸へ向けて出発するのかと思いきや、まだこちらに残って取材するという。仕方がない。列車で八戸に向かうとしよう。

タクシーを呼ぶと今回もまた同じ運転手さんだった。前日と同じ午後2時41分発の久慈行きに乗ろうと駅の階段を上ってホームに出ると「あれ?」。なんとさっきまで一緒に試合を見ていた八木スカウトも同じ列車を待っていた。

八戸まで出て新幹線で次のターゲットを追って仙台に入るのだという。よく見ると先ほどまでのスーツ姿ではなくラフな服装に替わっていた。「着替えました。移動はこっちの方が楽なんで」。八木スカウトの担当は北海道と東北地区。この広大な地域を1人で担当し選手を追わなければならない。しかも車の免許を持っていないという。「渋滞が嫌いなんで。妻が運転できるし、そんなに不自由は感じませんよ」。

野球選手で免許を持っていない人は珍しい。聞けば「(日本ハム時代に)免許を持ってないのは僕とダルビッシュくらいでした」と笑った。

八木スカウトとの列車の旅が始まった。

同スカウトの経歴を紹介したい。横浜市出身で高校は山梨の日本航空。3年夏に甲子園に出場。その後創価大に進学し4年の全国大学選手権で49奪三振の大会新記録をつくって一躍ドラフト候補に。同年秋のドラフト会議で日本ハムに希望枠(逆指名)で入団した。1年目に12勝を挙げ新人王。日本シリーズでも勝利投手となるなど日本一に貢献した。その後13年にトレードでオリックスに移籍。14年に戦力外となったが12球団合同トライアウトを経て中日入団。17年オフに現役を引退し、スカウトに転身した。

「将来は指導者になる夢があるので、どこでもいいから海外でプレーしようと思っていたんですよ。でも球団に残らないかとお話をいただいて。家族のこともありますし、迷いましたが球団職員の道を選びました」

そして18年からスカウトの道に。「ものすごくやりがいがありますね。いつかは指導者、できれば高校野球がいいんですが、強豪チームの監督さんに会ってお話を伺う機会も多いんですけど、ものすごくためになるし自分の引き出しがどんどん増えていく気がします」

スカウト1年目の昨年、いきなり4位の石橋康太捕手(関東第一)5位の垣越建伸投手(山梨学院)を担当。「大学、社会人と違って高校生を取るのはすごく責任が重いと思うんです。まだ子どもですし、プロ野球に入っただけで満足してしまう子もいます。ここからがスタートなんですよ。2人には頑張ってほしいですね」

話がはずむ。途中、車窓から美しい太平洋が見えた。

「海を見ると釣りがしたくなりますね。釣り、大好きなんですよ」

船釣りにも行くのか聞いてみると「船釣りって魚がいるところに行って釣るじゃないですか。でも、それじゃあ面白くないじゃないですか。堤防や磯でポイントを自分で探す。そこが面白いんです」と笑った。

さらにこうも続けた。

「北海道も担当しているんですが、北の網走あたりなんかにすごい選手が絶対にいると思うんですよ。限られた経費であっちこっち行かないといけないんで、なかなか行けませんが、いつか探し出してみたいですね」

話は尽きなかったが約2時間で本八戸に着いた。「良い選手を見つけてください。またどこかで!」と言って別れた。

列車を降りると急いでホテルへ向かった。荷物をまとめチェックアウト。八戸駅へ向かった。海鮮丼とせんべい汁のセットを食べて新幹線へ。19時半に大宮着。明日からは埼玉県内で行われている関東大会を速報することにした。今回もドタバタした出張となった。次に岩手に行くのは7月の県大会になるだろう。岩手県高野連の公式サイトを見ると抽選会は6月26日。大会会場は盛岡市、花巻市、金ケ崎町とある。大船渡ナインと佐々木投手の成長を楽しみに、夏を待ちたい。

85年日刊スポーツ新聞社入社。野球記者11年、野球デスクを7年勤めた後、現在は毎朝6時半出社で「ニッカンスポーツ・コム」の編集を担当。取材で世話になった伝説のスカウト、木庭教(きにわ・さとし)さん(故人)を野球の師と仰ぐ。@fukudasunのアカウントでツイート中。

おすすめ情報PR

野球ニュースランキング

    更新