引退会見を行うイチロー氏(2019年3月21日撮影)
引退会見を行うイチロー氏(2019年3月21日撮影)

20年以上前、若かったイチローが昼間に熱心に見ているというテレビ番組について話をしました。その内容は、

「国会中継ですよ。大人同士が一生懸命にやり合ってましたね。面白いというか、結構、見てしまいます」

クールなイメージからは意外に思われるかもしれませんがイチローは世の中のさまざまな事象に興味を持っています。メジャーに行ってからも年に一度、神戸で話すといろいろ聞いてきます。

「今、日本で強いチームはどこですか? 広島? それはなぜ?」などと野球の話はもちろん、芸能界、さらに政治まで「あれはどうなってるんですか?」とアンテナを立てている様子です。

当然、こちらもすべてを知っている訳ではありません。なので報道されていること、それに関するさまざまな見方、意見などを伝えます。それを「そうなんだ。ふ~ん」とうなずきながら聞いている。

イチローの立場ならいわゆるエラい方々と接点はあるし、内密な話も聞いているでしょう。そこで聞いて知っているようなことでもこちらの意見として耳を傾けるのです。

そんな姿に接していて思うのは「バランス感覚がいい」ということです。メジャー挑戦に関してもポスティング・システムが導入され、球団の了承を取り付け、みんなに応援される形ができるまでじっくり待って海を渡ったのは知られるところです。

その振る舞いに一貫しているのは、自分の立ち位置を認識した上で、世の中の人にどう思われるか、ということを強く意識する点でしょう。

正しいかどうかは分かりませんが国民栄誉賞は政府が恣意(しい)的に授与するものだと思います。あの人がもらっていて、この人に声がかからないのはおかしいという意見も聞きます。「基準が分からない」。これは多くの人が思っていることでしょう。「政権の人気取り」という意見もあります。

もちろん、その賞を受けるかどうかは個人の自由。関係する組織などとの絡みもあるでしょう。しかしイチローがもらえばどうでしょうか。首相官邸での表彰式で安倍晋三総理と握手する姿を国民全員が喜ぶかどうかは分かりません。そもそも、そんなことをしなくてもイチローが日の丸を背負い、世界に向かって日本人のプライドを示したことは間違いないのです。

さまざまな見方を考え、バランス感覚が働くから、この賞をもらわないのか。それは直接、聞いたことがないので分かりません。それでも断り続ける背景には、イチローならではのポリシーが息づいていると思えるのです。【大阪本社編集委員・高原寿夫】