野球手帳

父親代わり兄語る佐々木朗希素顔 自己分析力が長所

<高校野球岩手大会:大船渡4-2盛岡四>◇21日◇4回戦◇岩手県営野球場

大船渡・佐々木朗希投手(3年)の視線の先には、幼少期から一緒にキャッチボールなどをしてきた兄琉希さん(20)がいた。一塁側応援スタンドに涙目であいさつする弟の姿。兄は生まれ育った岩手・陸前高田市の自宅近くで、朗希と野球をしている姿を思い出していた。

大船渡対盛岡四 盛岡四に勝利しうれし涙を見せる大船渡・佐々木(撮影・たえ見朱実)
大船渡対盛岡四 盛岡四に勝利しうれし涙を見せる大船渡・佐々木(撮影・たえ見朱実)

兄は中1、朗希が小4だったと記憶する。2人で白球を追う日常に“事件”は起きた。

「朗希の背丈くらいある草が生い茂っている場所に、僕がボールを飛ばしてしまって、取りに行かせたんです。朗希は、はいつくばってボールを探してくれていました」

「何やってんだよ、早く」。兄弟の何げないやりとりの瞬間、朗希の大泣きする声が返ってきた。

「左腕を見せて『蜂に2カ所、刺されちゃった~』って泣いたんです。朗希が泣くことはほとんどなかったし、今でも本当に申し訳ないことをしてしまったなあって思います」

あれから8年。弟が「高校生史上最速163キロ右腕」と騒がれることによる周囲の騒がしさに、家族としては戸惑いを感じているのも事実だ。大学の授業のため、平日はなかなか球場に足を運べないが、雨天順延による日程変更で今夏初観戦。勇姿に直接拍手を送ることが出来たことは幸せだった。

11年の東日本大震災では父功太さんら家族を津波被害で失い、長男として、母陽子さんや2人の弟から頼られる存在として生きてきた。母が「父親代わりになってくれた」と感謝するほど、大船渡市移住後に母や2人の弟を支えた。大船渡野球部OBで左翼手や遊撃手を務め、4番を打ったこともある兄の存在は朗希にとっては目標の存在でもあった。

「兄弟げんかの延長ですよ。自分が野球を通じて感じてきたことを、すべて伝えてきました。朗希は回転がきれいな球を当時は投げられていなかったので『手首を強くしなくちゃダメだよ』とかですかね。家の前でキャッチボールをしていても、朗希は助言したことに納得せずに『もうやらない』と家に入ってしまうような感じが中学までは続いていました。次の日、僕から『ごめん』と謝ると『野球やろう』って笑顔が返ってくるんですけれどね」。

だが兄は、その精神が朗希を強くしたと思っている。

「人に言われることをそのままやることも大事ですけれど、自分にあっていることを考えてやることも大切。だんだん自分をもう超えているなと思ってきたので助言でなく、質問になってきました。『こう思うけれど、どう?』とか。朗希は140キロを出すようになった中3からは、考え方が変わりました。自分でも勉強しながら野球に取り組むようになりました」

大船渡一中や選抜チームで過ごした仲間と大船渡進学を決め、甲子園に挑む覚悟が芽生えた変化だった。兄が野球で一番驚かされたのは右腕から繰り出すスピードではない。高1の夏、盛岡北との2回戦。1点差の8回2死二、三塁から背番号20をつけてマウンドに立ったデビュー戦だった。

「普通は1年生なら捕手に投げることで精いっぱいのはず。でも最初にしたことは、内外野の先輩たちと守備位置を確認したんです。自分のことだけでない、視野の広さはすごいなあと弟ながら感心しました。(その試合で)147キロを出したこともビックリでしたけれど」

同じチームで野球をしたのは兄が小6だった1年弱だけ。高校、大学に入っても、弟の結果は常に気になっていた。勝てば良し、打たれれば残念。朗希の思考は違った。

「5回無失点なら『すごいね』って言うし、3回までに3失点したと聞けば『残念だったね』って伝えるじゃないですか。でも朗希は『無失点だったけれど、逆球ばっかりだったから悔しい』とか『3点は取られたけれど良い感覚でコントロールできていたし良かった』とか言うんですよね。目の前の結果に執着せず、長い目で見て考えて、自己分析する能力が朗希の一番の長所だと思っています。それがなければ140キロ台止まり。せいぜい150キロくらいだったんじゃないでしょうか」

自身はもうすぐ卒業論文に取りかかり、就職活動も待ち受ける。そんな中でも「朗希は手足が長いので、なかなか大船渡ではサイズの合う洋服がないんです。だから外国製で似合うかなと思う服を見つけたら、誕生日とか関係なくプレゼントしてあげています」と野球でも生活でも仲良し兄弟だ。

「朗希が163キロを出しましたけれど、それを超える高校生がすぐに出てくると思うし、そう願っている。そうすれば野球がもっともっと盛り上がると思います。朗希は『プロ野球選手になりたい』とか言ったことがない。たぶん目標はそこでなく『野球がうまくなりたい』とか『仲間と勝ちたい』なんでしょうね」

野球人口減少に歯止めをかけ、人気復活の期待も背負う佐々木朗希。兄弟愛も成長の原動力だ。【鎌田直秀】

大船渡対盛岡四 苦しみながらも盛岡四を破り準々決勝進出を決めた大船渡・佐々木(中央)は涙を拭いながら応援席へのあいさつに向かう(撮影・河野匠)
大船渡対盛岡四 苦しみながらも盛岡四を破り準々決勝進出を決めた大船渡・佐々木(中央)は涙を拭いながら応援席へのあいさつに向かう(撮影・河野匠)
大船渡対盛岡四 盛岡四に勝利しうれし涙を見せる大船渡・佐々木(撮影・たえ見朱実)
大船渡対盛岡四 盛岡四に勝利しうれし涙を見せる大船渡・佐々木(撮影・たえ見朱実)

 野球をこよなく愛する日刊スポーツの記者が、その醍醐味、勝負の厳しさ、時には心が和むようなエピソードなど、さまざまな話題を届けます。

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