強い雨が降り、田んぼのような状況と化した聖地・甲子園。ぬかるんだグラウンドに、何度も転倒しながら投げるエース。その姿を見て、東海大菅生(西東京)の3番打者・堀町沖永(おきと)外野手(3年)は、ついに目を覚ました。
大会前、堀町は「去年の夏も秋も、自分が打つ試合では本田(峻也投手、3年)は負けないんです」と“不敗神話”があることを打ち明けた。確かに今夏の西東京大会決勝の国学院久我山戦では、立ち上がりに苦しんだ本田を救う、同点ランニングホームランを放ち、チームを優勝に導いた。
本田は「堀町が打ってくれれば、だいぶ試合が楽になるんです。センバツでは全く打ってくれなかったので」と笑った。今春センバツ、堀町は4番を担ったが、3試合で9打数無安打。「空回りしてました。千田(光一郎外野手、3年)や鈴木(悠平外野手、2年)が本塁打を打って、自分も打たなきゃと」。本田を援護出来なかった。
夏は同じ思いをしない。その一心でセンバツ後は、打撃に自主練習の時間を割いた。結果を出すために、後輩の小池祐吏内野手(2年)にアドバイスを求めたこともあった。「心残りがあったら寝られない」と、消灯時間ギリギリまで素振りもした。
そんな努力があって、再び甲子園に戻ってきた。若林弘泰監督(55)も「彼が打たないと厳しい試合になる。彼が持ってる力を出せれば。期待しています」とキーマンとして名を挙げていた。
迎えた17日の1回戦、大阪桐蔭戦。3打数無安打で迎えた第4打席は、4点ビハインドながら7回2死満塁のチャンスだった。
3球目の甘く入った真っすぐを捉えると、高く上がった打球は右中間に落ちた。1点差に迫る2点適時二塁打。春夏通じて甲子園初の「H」のランプは、値千金の一打となり、二塁上で笑顔のガッツポーズをみせた。
次はチームの逆転へ。そうなるはずだった。その後、雨がさらに強まり、8回降雨コールドでゲームセット。思わぬ形で“不敗神話”は崩れ、聖地を去ることになった。
しかし、甲子園で放った初安打は、チームと本田を勢いづけたことは間違いない。悔しい春の経験を糧にした、堀町沖永の意地の一打だった。【阿部泰斉】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)






