来春のセンバツ出場の九州4枠を争う戦いで、熊本国府(熊本1位)が延長10回タイブレークで大分舞鶴(大分2位)を逆転サヨナラの7-6で下し、春夏通じて初の甲子園出場をほぼ確実にした。

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激闘に終止符を打ったのは、熊本国府の5番、岡本悠生外野手(2年)だった。1点を勝ち越された延長10回タイブレーク。無死満塁の好機で、覚悟を決めた。カウント2ボール。「1球待とうかとも思ったけど、積極的に。自分で決める強い思いで振り抜きました」。外角直球を仕留めた打球は中前へ抜けた。一気に2者を生還させる自身初のサヨナラ打で、駆け寄った仲間と喜びを爆発させた。

亡き恩師に捧ぐ甲子園だ。就任3年目の山田祐揮監督(30)は、今年8月に84歳で亡くなった森宏元部長をしのび、目頭を押さえた。「支えてくれた先生だったので」。06年の創部から部の強化に携わり、部長も務めた。今年3月まで同校職員として勤務。生徒のカウンセリング、野球部選手たちの相談にも乗っていた。この日の試合中、ナインは「森先生が見てくれている」と声を掛け合った。

力が宿った。2回に1点を先制されたが、その裏2点を奪い逆転。3点リードの7回は4失点で再逆転されたが、その裏すぐに追いつき、10回は逆転サヨナラと執念の連続だった。山田監督は「森先生の思いが子どもたちに伝わって、諦めずに前を向いてくれた。最後のサヨナラも上から見てくれてたんじゃないかな」と涙目で空を見上げた。

熊本での夏の過去最高成績は09年の4強。熊本工や九州学院の壁は厚かった。秋の九州大会は10年に1勝したが、甲子園行きを確実にする2勝目はならなかった。だが、今秋は県決勝で九州学院に競り勝つなど、ついに“森イズム”を結実させた。恩師は生前「甲子園に行ってほしい」と願っていた。創部18年目、その時がくる。【佐藤究】

◆熊本国府(くまもとこくふ) 1941年(昭16)熊本女子商として創立の私立校。95年から男女共学。生徒数は1321人(女子606人)。野球部は06年創部。春夏通じて甲子園出場はなし。主なOBは元オリックス稲倉大輝ら。所在地は熊本市中央区国府2の15の1。谷口晋平校長。