泥まみれになって白球を追う息子を、あたたかく支えてきたのが母親だ。夢の舞台を目指した親子の最後の夏。「球児の母の夏」として全2回でお届けする。初回は、今大会注目の最速157キロ右腕、横浜・織田翔希投手(3年)の母、祐子さん(43)。遠く北九州から声援を送り続けた。今でも好きな言葉に「親孝行」を挙げる織田と母との絆とは-。
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今夏、大会NO・1投手として、注目を集める織田を、母祐子さんは「横浜スタジアムの大観衆の中で投げている姿。テレビでインタビューを受けている姿を見る度、私が産んだよね?って思って見ているんです(笑い)」と息子の活躍を、1番のファンとして見つめている。
身長186センチ、81キロの恵まれた体は、福岡・北九州足立中学時代の祐子さんの食事が源になっている。「小さい頃から牛乳はたくさん飲ませたし、めっちゃ食べさせました。でもずっと細かった。中学に入ってからは、お米をたくさん食べさせるように心がけました」。インターネットで栄養のある食事を片っ端から調べあげ、食事のタイミング、組み合わせを取り入れた。「休みの日は食事の回数を増やすために、少しずつ食べさせて。一日中、何か作っていましたね(笑い)」。今でも大好物は“お母さんの唐揚げ”。帰省すると必ず1番にリクエスト。「定番なんですけどね。みりんとしょうゆで漬け込んだ甘めの唐揚げです」。忘れられない母の味が今も頑張る原動力になっている。
高校進学は北九州から遠く離れた神奈川へ。織田本人が決めた。「県外の高校に行くなんて本当、考えていなかったので、頭が追いつきませんでした。え!? 横浜って? って(笑い)。もう寂しさしかなかったです!でも、本人が決めたこと。止められなかったです」。涙をぐっとこらえて見送った。
ただ、その成長には驚くばかりだ。「帰ってくるたびに衝撃です。お世話になった方々へあいさつ回りに連れて行くのですが、お辞儀の仕方、今まで聞いたことのない丁寧な言葉。野球だけじゃない、人間的に成長させてもらっています」。つらい別れから2年半。少しも後悔はない。
離れ離れの生活でも、苦しい時は、いつも遠くから支えてきた。祐子さんが今でも覚えているのは、昨夏の甲子園準々決勝で県岐阜商に敗戦した時だった。「号泣している姿を見た時に、大丈夫かな?って思いました。でも先輩たちに同級生も、仲良くしてもらっているのを分かっていたので、安心はしていたんですが…」。弱音を吐かない性格を知りながら「次があるよ」と、短くLINEにメッセージを送った。返事はひと言「おう」だった。「“おう”は大丈夫な証拠。心配いらないよっ、て。普段通りの返しで安心しました」。母と息子。強い絆で結ばれているからこそ、短い言葉に込められた本音だった。「ここまできたら、乗り越えるしかない。前を向くしかない。ここであきらめる選択肢はないと思うんです。じゃあ、頑張るしかないよね、と。でもね、本当に強くなりましたよ」。
泣いて笑って。遠く神奈川で1人で奮闘し、心身ともに成長する息子の成長に、母親としての幸せを感じている。だから最後の夏は、精いっぱいの声援を贈る。【保坂淑子】
◆織田翔希(おだ・しょうき)2008年(平20)6月3日生まれ、福岡・北九州市出身。同市の足立小1年で野球を始め、足立中では全国大会に出場。軟式球で143キロをマークした。横浜では1年春からベンチ入り。昨年センバツでは全5試合に先発し優勝に貢献。同夏甲子園は8強入り。昨秋新チームから背番号1をつける。特技は体が柔らかいこと。186センチ、81キロ。右投げ右打ち。

