もう1度、甲子園で戦いたかった-。阪神和田豊監督(53)が13日、大阪市内の電鉄本社で退任会見を行った。12年の就任以来、4年間で5位、2位、2位、3位という成績を残したが勝負どころで勝ちきれず優勝を逃したことをファンにわびた。また、現役時代から31年間、ユニホームを着続けた生え抜き指揮官は最後に聖地で戦いたかったと悔しさをかみしめた。
31年間、タテジマを背負って戦い続けてきた男はまだ、グラウンドにいるようだった。現役時代から着続けたユニホームを脱ぐ実感を問われ、こう答えた。
「本心を言うと、昨日の敗戦の悔しさがまだ残っていて、実感が湧きません。もう1回、甲子園に戻って戦いたかった」
前日12日、1勝1敗で迎えたCSファーストステージ第3戦で現役時代から宿敵として闘志を燃やしてきた巨人に敗れ、ラストゲームとなった。退任は決まっていたが、最後の聖地でファンとともに戦いたかった。その悔しさがまだ残っているという。
真弓監督の後を受けて12年に就任した。1年目は5位と惨敗したが、2年目は2位、そして3年目の昨季はリーグ2位ながら、球団史上初めてCSを制覇して、日本シリーズに進出した。
「人生と同じように、8割、9割は思うようにいかなかったんですけど、あのCS、そして、日本シリーズ初戦までは、いい思い出として残っています」
監督生活の一番の思い出をこのポストシーズンだったと語った。
だが、単年契約と退路を断って挑んだ今季、球団創設80周年のメモリアルイヤーは歴史的な大混戦の中で9月上旬まで首位に立ちながら、3年連続となる終盤の大失速で優勝を逃した。この時点で辞意を固め、球団に申し出たという。
「ここ3年間、勝負どころでの失速。同じことを繰り返してしまった反省というか、悔いはあります」
前日の巨人戦敗戦後、選手たちにはメッセージを残したという。去りゆく前にあらためて、来季以降もタテジマを着て戦う選手たちに言葉を残した。
「あと1本、あと1点、この試合というところにいきつくが、それをどう乗り越えていくか。選手たちの力はこんなもんじゃない。それを踏まえて今後も創意工夫をして、前を向いて戦ってもらいたい。厳しくも、あたたかい環境の中で、できない理由を探さずに、どうしたら何とかなるか。工夫していってほしい」
プロ入り前は巨人に入団したかったという。ただ、熱狂的な虎ファンの父の期待を感じ、指名してくれた阪神へ。気付けば31年もタテジマを着続けた。「自分には野球しかないという思いもある。今後はゆっくり考えたい」。1年目の85年に日本一になり、暗黒時代も経験。いい時も、悪い時も聖地・甲子園で戦い続けた男はしばしの休息を迎える。【鈴木忠平】
◆連続してユニホームを着た主な阪神OB 和田監督は84年の入団以来、1度もユニホームを脱ぐことなく球団史上最長の31年在籍。ほか、桧山進次郎は22年(92~13年)にわたり選手として在籍。遠井吾郎は選手として20年(58~77年)コーチとして1年(78年)の21年間連続でタテジマ。渡辺省三は選手で14年(53~65年)コーチで6年(66~71年)の計20年ユニホームを着た。



