日本ハム大谷翔平投手(21)とお笑いコンビ、アンジャッシュ渡部建(43)の新春対談の第2回は、「大谷の過去」にスポットを当てます。高校野球マニアの渡部と花巻東時代を語る大谷が、昔話に花を咲かせました。

 渡部 花巻東時代といえば最後のノック(※1)。ユーチューブで20回見て、20回泣いてます。あれは仲間でもグッとくるものなんですか?

 大谷 自分の代のときはそうでしたね。僕らのときは勝ってなかったですからね。今の子たちは甲子園もいって、勝ち上がっていくのをすごいなと思ってみています。僕も本当にここでやってたのかなって感じです。

 渡部 母校なのに、違うチームみたいな?

 大谷 そうなんですよね。

 渡部 昨年は高校野球もすごく盛り上がりましたよね。どう映っていましたか?

 大谷 レベルが高いですよね。僕がやってたときは、子どもの延長という感じでした。こんなにちゃんと野球やってたかなぁという感じ。「160キロ投げる」とか言われてましたけど、160キロとか150何キロとか投げてるわりに打たれるなぁと。そんな感じだったので、自分のボールに自信もなかったですし、周りの人が騒いでることとのギャップがすごかったですね。

 渡部 高校時代は何が一番印象に残ってますか? オレ、センバツで藤浪くんから打ったホームラン、生で見てるんだよね(※2)。

 大谷 ありがとうございます。たまたまです。真っすぐに張ってたら(変化球に)当たっちゃったんです(笑い)。

 渡部 いやいやいや。ガツンって打球がすごかったから。あと3年夏の(岩手大会)決勝も見に行ったんですよ。そしたら雨で中止になったでしょ。移動途中の仙台で中止だって聞いて、そこから折り返して、横浜スタジアムの神奈川大会に行ったのよ。(桐光学園)松井裕樹くんが2年生で、横浜との試合。結果的にいいものを見られたんだけど、その試合を見るために6万円くらい使ってるのよ、オレ。

 大谷 すいません(笑い)。

 渡部 そして翌日の、あの疑惑の(ホームラン)、ね。映像は見た?(※3)

 大谷 見ないんですけど、(プロ)1年目の球宴で福島に行ったとき、左翼席から「大谷! 大谷!」ってすごい呼んでる男の人がいた。なんだろうと思ってそっちを見たら「オレだよオレ。ホームラン打ったオレ」って、そこにいたんですよ。再会しました。

 渡部 来てたんだ!? でも、「オレだよ」じゃねえよ(笑い)。

 大谷 (周囲の選手たちに)笑われましたね。

 渡部 でも高3の夏がああいう形で終わって、悔しさをバネにした部分はある? その先の野球人生に。

 大谷 でもあれだってボール球の真っすぐでしたし、あれだけ引っ張ってあそこまで飛ばされて。(打った方が)技術があったなと思いますよ。だからあんまり自信ないんですよ、僕。

 渡部 大人だねぇ。でもその話が聞けてよかった。今でも地元戻ると、佐々木(洋)監督とは会うの?

 大谷 会いますよ。ご飯を食べたりもしますけど、変に敬語になってるんですよ(笑い)。

 渡部 緊張してるのかな。

 大谷 「大丈夫です」とか「ありがとうございます」とか。卒業したらそんな感じになるのか、と。びっくりしますよね。

 渡部 メジャー挑戦を表明していた高校3年のドラフト前。もしいまタイムマシンに乗って、当時の大谷青年に声をかけるとしたら、何て言う?

 ドラフトの話をきっかけに、話題は将来的な夢、メジャー挑戦へと進んでいく。(つづく)【取材・構成=本間翼】

 (※1)花巻東では最後の夏大会前に、ベンチ入りから漏れた3年生が、それぞれのポジションから佐々木洋監督へ向け、涙ながらに仲間たちへの思いを大声で叫ぶ。そして、佐々木監督は最後のノックを行う。

 (※2)12年3月21日、甲子園1回戦で大阪桐蔭・藤浪と対戦。2回無死、カウント2-2からの5球目、116キロのスライダーを右中間席へ運んだ。

 (※3)12年7月26日の岩手県大会決勝で0-1の3回、盛岡大付の4番二橋に左翼ポール上空を通過する3ランを浴びた。花巻東は審判に伝令を送りファウルをアピールするも覆らず3-5で敗退。大谷が岩手県内で献上した唯一の本塁打だった。

 ◆渡部建(わたべ・けん)1972年(昭47)9月23日生まれ、東京・八王子市出身。小学校時代は八王子リトル所属。神奈川大在学中の93年、都立日野高で同級生だった児嶋一哉に誘われ、お笑い養成所のスクールJCAに入学しアンジャッシュ結成。94年デビュー。人気バラエティー番組「アメトーーク!」(テレビ朝日系)で高校野球通、大谷フリークぶりを発揮する。食べ歩きも趣味で、手掛けたグルメ本第2弾「芸能界のグルメ王が世界に薦める!東京最強の100皿」(税抜き1300円)を昨秋に発売。176センチ、血液型はO。