18歳阪神井上「オーラ」42歳福留と感動の初対面

  • ティー打撃を行う井上(撮影・前岡正明)

福留さんになりた~い! 阪神ドラフト2位の井上広大外野手(18=履正社)が23日、福留孝介外野手(42)に弟子入りを志願した。甲子園室内で行われた新人合同自主トレで、球界最年長と感動の初対面。大ベテランのティー打撃などに熱視線を送り、「オーラがあった。人に流されない。(最低でも)40歳までやりたい」とぞっこんだ。日米で一時代を築いたレジェンドに学び、福留級の大活躍を目指す。

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18歳の井上が42歳の福留と感激の初対面を果たした。甲子園室内に凜(りん)とした声が響いた。「よろしくお願いします!」「よろしく!」。高卒新人と球界最年長の歳の差は24歳。干支(えと)は同じ巳(へび)年でも、二回り違う。ガッチリ握手を交わした手は「周り(の人)より大きいなと感じました」と、興奮気味に振り返った。

同じ外野手で左右は違えど長距離型。今季プロ22年目を迎え、同じ場所で自主トレを行っていた大先輩の一挙手一投足に、目を奪われた。「ものすごくオーラがあった。(ウオーミング)アップも自分のペースでやっている。自分も人に流されないというか、自分のペースを持ってやっていきたいなと思いました」。日米通算2395安打。野球に向き合う真摯(しんし)な姿、衰え知らずの大ベテランは最高のお手本だ。「長く野球を続けられるように、日頃のケアだったりを大事にして。(最低でも)40歳までやりたいなというのはあります」。チームメートとなった生けるレジェンドの背中を追いかける。

自身の練習中も鋭いスイングに目を奪われた。ネット1枚をはさんで、ティー打撃に熱視線。「下半身の使い方が上手で、自分に足りない上半身の使い方も柔らかい。滑らかにバットを振って、軽いスイングでも強い打球が飛んでいた。自分もそこを目指してやりたい」。“ナマ福留”のプレーを見るのは初めて。「テレビで見ていた福留さんも、生で見た福留さんも練習熱心だった」。イメージ通りの姿が、そこにあった。熱い視線を送られっ放しだった福留は「僕は何にも知らないです」とけむに巻き、笑顔で球場を後にした。

ぞっこんの井上からは弟子入り志願も出た。「あまり力を入れずリラックスした状態でも遠くに飛ばせる」。そう感じる福留のリラックス法なども今後、聞いてみたいという。右足首ねんざの影響で自主トレは別メニューが続き、打撃練習も30分と制限が付く。それでもこの日は和田TAらの前で行ったティー打撃で、持ち味の鋭い打球を連発した。「限られた時間を有意義に使って、内容の濃い練習ができています」。福留イズムも吸収し、将来の大砲を目指す。【奥田隼人】

<福留栄光の足跡>

◆7球団競合 95年ドラフトで、7球団から指名を受ける。近鉄が交渉権を獲得したが、入団拒否して日本生命へ。99年中日を逆指名してプロ入り。

◆1年目V 星野監督の元、主に遊撃手として新人ながら132試合に出場。16本塁打、2割8分4厘の好成績で優勝に貢献した。

◆外野転向 02年から外野手へ本格転向。ゴールデングラブ賞を5度受賞する名手となった。

◆初タイトル 02年に3割4分3厘で首位打者を獲得。松井秀喜(巨人)の3冠王を阻止した。06年には2度目の首位打者を獲得。

◆世界一へのV弾 06年WBC第1回大会に出場。準決勝韓国戦で代打先制2ランを放った。勢いを得た日本は快勝し、決勝でもキューバを倒して初代王者。

◆メジャー挑戦 07年オフに海外FAでカブスへ移籍。3球団を渡り歩き、5年間で596試合に出場。13年に阪神で日本復帰。

◆名球会入り 16年6月25日広島戦で、日米通算2000安打を達成した。同年7月30日中日戦では、史上最年長の39歳3カ月でのサイクル安打も達成した。