梨田昌孝氏がコロナ陽性 重度の肺炎で集中治療室に

近鉄、日本ハム、楽天で監督を務めた梨田昌孝氏(66=日刊スポーツ評論家)が新型コロナウイルスに感染したことを1日、所属事務所が発表した。大阪府内の病院でPCR検査を受けた結果、陽性反応が出た。

同氏は3月25日に倦怠(けんたい)感を覚え、自宅で静養を続けていた。同28日に発熱、30日に呼吸困難の症状が出たことで病院を受診し、31日に別の総合病院で重度の肺炎と診断を受けた。そのまま別の病院に搬送されて検査を受けたがこの日、感染が判明。感染経路は不明で現在、集中治療室(ICU)に入っているという。

梨田氏は1972年(昭47)に近鉄に入団し、正捕手として17年間プレー。01年には近鉄監督としてリーグ優勝を果たした。04年のシーズン後に、オリックスと球団合併するまで指揮を執った「近鉄最後の監督」。09年は日本ハムでもリーグ優勝を飾り、その後、楽天でも監督を務めた。

日刊スポーツ評論家、NHK解説者として各球場に足を運びながら取材をしていたが、プロ野球が開幕延期し、講演活動もほとんど取りやめになっていた。25日に異常を訴えてから病院に行くまでは、プロ野球開幕に向けた資料整理などをしながら自宅で過ごす毎日だった。

所属事務所は「医療、プロ野球、メディア関係の皆様、いつも応援してくださっているファンの皆様に、多大なるご迷惑とご心配をお掛けしておりますことをおわび申し上げます。本人も病状の回復に全力で努めておりますので、どうか静かに見守っていただけますと幸いです」とコメントした。

 

◆梨田昌孝(なしだ・まさたか)1953年(昭28)8月4日生まれ、島根県出身。浜田から71年ドラフト2位で近鉄入団。1年目から1軍の試合に出場し、強肩強打の捕手として活躍。79~81年にベストナイン、79~81年、83年にダイヤモンドグラブ(現ゴールデングラブ)賞を受賞。79、80年と2年連続で日本シリーズに出場した。オールスターゲームも6度出場し、83年の第2戦ではMVPを獲得。88年限りで引退し、93年にコーチで近鉄復帰。00年に監督に就任し、01年リーグ優勝。04年、近鉄球団消滅とともにユニホームを脱いだ。08年から日本ハムを率い、09年リーグV。11年に勇退し、16年から18年途中まで楽天の監督を務めた。現役時代は178センチ、80キロ。右投げ右打ち。