神宮球場発祥の「上田新喜劇」。ヤクルトベンチの端っこで、中継のテレビカメラの向こうで見ている人に向けて行われる“ファンサービス”だ。上田剛史外野手(31)がカメラ目線でおどけた表情や、アフロをかぶって生還してベンチに帰ってきたチームメートを出迎える様子はwithコロナ時代の新たなファンサービスの一環、「上田新喜劇」としてパ・リーグまで波及していった。

今季、神宮に「大都会」が流れるシチュエーションがあった。クリスタルキングのヒット曲で、ヤクルトファンには言わずと知れた高津監督のカラオケの十八番。「7回以降5点差以上勝っているとき」という条件付きの上田の登場曲だ。その瞬間の高津監督の表情はマスクであまり分からなかったが、後日「問題児だなぁ」と笑いながら、うれしそうに振り返った。指揮官は「彼は彼なりに役割を理解して、もちろん守備、足以外のベンチにいる時も、気の利いた声も出す。みんなが気分良くグラウンドに立てる雰囲気をつくるのは、彼が一番かな。いい存在という感じでチームを引っ張ってくれる」。守備固め、代走だけではない大きな役割を、果たしていた。

チームとファンへ勝利を届けるため、必死のプレーだった。6連敗で迎えた16日のDeNA戦(神宮)。3-2の9回2死、左邪飛をネットに激突しながら捕球し、ゲームセット。歓喜に包まれた神宮で、右足を押さえて倒れ込んだ。外野手だけでなく、マウンドにいた守護神石山もベンチから高津監督も駆けつけた。1度は担架に乗ったものの、すぐに降りて宮出ヘッドコーチの背中へ。おんぶで勝利のハイタッチをチームメートと交わす珍しい光景に、選手もファンも笑顔に。本当は痛みをこらえながら、重傷かもしれないという不安と戦いながらの姿だったはずだが、みんなに心配をかけまいとする心遣いに見えた。17日、右足首を痛めたため出場選手登録を抹消。勝利のための大きな代償となってしまった。

くしくもこの日、出場選手登録日数が通算9年に達し、海外フリーエージェント(FA)権を取得。きっと考えられていたであろうファンに向けたメッセージは、復帰後にまた取材したい。【保坂恭子】