9回裏、西武ベンチから出てきたのは篠原響投手(19)だった。ベンチ上の一団が「わーっ!」とわく。篠原の耳にも届いていた。家族や友人たちが応援に駆けつけていた。

高校は福井へ越境入学したが、名古屋で生まれ育った。小学校の給食ではたまに味噌カツが出てきた。首都圏に隠れファンも多い「スガキヤ」は「まぁ、ありますよね」と強いこだわりはない。味噌煮込みうどんもオススメの店はない。「実家で普通にレトルトのを食べてたので」。

普通の日常を過ごし、中日ファンではなかったけれど「試合を見に来たことはあります」というバンテリンドームで、まさかプロ初セーブのチャンスが訪れた。「今日は篠原か甲斐野か。地元で両親も兄貴も来てるってことだし、篠原で行こうかな」という西口文也監督(53)の思いがあった。

高校時代に憧れた甲子園で初登板を果たした。でも「名古屋のほうがより意識する場所なんで」と少し気持ちを高めていた。そんな中でクローザー役としてマウンドへ向かい、2者連続で初球を安打にされた。

「9回はちょっと難しいのかなという思いも少しありました」

4月10日、ロッテ戦(大宮)。同じように最終回にマウンドへ向かい、4失点(自責点0)と崩れた。「そうですね…」と少し大宮がよぎりかけた。

それでも立て直し、最後は併殺で終了。「(自分の)状態がいいという部分が一番自信になったかなと思います」とコメントも頼もしい。大宮では遊撃源田にまさかの失策があって大量失点につながったが、この日はその源田が軽やかにさばいて試合を終えた。プロ初セーブになった。

「少し、今年の心残りではあったので。良かったかなと思います。家族はしょっちゅう来てるので、見に来てるのは特別な思いはないですけど、名古屋の地で初セーブできたというのはすごくうれしいです」

両親も家族も仲間もきっと、同じくらいうれしい。【金子真仁】

▼19歳8カ月の篠原がプロ初セーブ。10代でセーブを記録したのは25年木村(ロッテ)以来で、西武では81、82年の西本、85年に8セーブの渡辺久、00年松坂、19年平良に次いで5人目。交流戦で10代投手のセーブは、08年田中(楽天)15年に6セーブの松井裕(楽天)に次いで11年ぶり3人目。