ボクシング元WBC世界ライト級王者でタレントのガッツ石松(本名鈴木有二=すずき・ゆうじ)さんが6月2日、肺炎のため、都内の病院で亡くなった。76歳だった。11日に所属事務所が発表した。近親者のみで葬儀・告別式が執り行われ、お別れの会などは未定。11敗を喫しながら3度目の挑戦で、下馬評を覆して世界王座を獲得。5度の防衛に成功し「幻の右」「ガッツポーズ」など伝説を残した。引退後はタレントや俳優としても活躍していた。
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関係者によると5月まで元気に過ごしていたものの、体調を崩すと肺炎となり、そのまま帰らぬ人となったという。3月には都内で行われた元ボクサーのジム開設セレモニーにも出席していた。所属事務所は「ガッツポーズをするたびに、ガッツ石松を想い出していただければ幸いです。OK牧場!」と追悼した。
栃木・粟野町(現鹿沼市)出身で、中学卒業後に上京。鈴木石松のリングネームで66年12月、1回KO勝ちでプロデビューを飾った。69年に全日本ライト級新人王を獲得。70年6月、敵地でWBA世界同級王者イスマエル・ラグナ(パナマ)に挑戦も13回TKO負け。73年9月にWBA世界同級王者ロベルト・デュラン(パナマ)に10回KO負け。「ガッツが足りない」との理由でリングネームをガッツ石松に変更した。
74年4月、KO率80%近い強打のWBC世界同級王者ロドルフォ・ゴンザレス(メキシコ)に8回KO勝ち。圧倒的不利の予想を覆し、11敗しながら3度目の挑戦で世界王座を獲得した。必殺の「幻の右」で倒し、コーナーのロープに乗り、両拳を突き上げた姿は「ガッツポーズ」と呼ばれた。5度の防衛に成功後、76年5月にエステバン・デ・ヘスス(プエルトリコ)に判定負けして王座陥落。77年4月、WBC世界スーパーライト級王者サンセク・ムアンスリン(タイ)に挑戦も6回KO負けし、78年に現役引退した。
引退後はタレント、俳優として活躍する一方、10年には元世界王者の組織「世界チャンピオン会」を発足。初代会長に就任し、24年まで会長職を務めていた。

