挑戦しているようで、実は挑戦も冒険もできていない自分がそこにいた。

挑戦とは何か。僕は40歳でJリーガーになることを掲げた。そして43歳から格闘家に転身してRIZINに出るとぶち上げた。これは共に挑戦だった。それは冒険とも言えた。

挑戦している時は周りの声など全く気にならない。誰が何を言おうが自分が決めた道をひたすら突き進むだけだった。周りの声が気になるうちは、それは本気じゃないとハッキリ言えた。本気になればなるほど、ノイズは消え、批判は耳に届かない。いや、届いたとしても脳や心には一切響かない。

しかし、水戸ホーリーホックでJリーガーになってからは、批判や疑問がダイレクトに届いてきた。今思えば若手中心の練習になぜ参加したのだろうか。23歳以下(もしかしたら25歳だったかも)の選手は週に1度2部練習があった。午前は全体練習で、昼食後に午後練習。40歳のおっさんが、周りの目を気にしてトレーニングに参加したことで体は摩耗し心は疲弊した。

それは「40歳でJリーガーになる!」という果てしなく無謀だと思われた夢の先を考えていなかったからだ。もちろん、40歳でJリーガーになるということ自体、そう簡単に誰もができることではない。それは当事者である僕がよくわかっている。しかし、大事なのは、Jリーガーという肩書より挑戦をするという姿勢なんだ。

挑戦であり、冒険である。これを多くの人が喜んでくれたことで、僕のモチベーションも最高潮に達していた。ところが、Jリーガーになった後は、受け入れてくれた水戸ホーリーホックというクラブの考えに必死に貢献できるよう、言いなりになってしまった。

当時、年俸10円。これは僕にとってサッカー界への「挑戦状」だった。しかし、水戸ホーリーホックからは外に言うなという口外禁止令が出されていた。そんな中で僕はそのことを自分のFacebookで明かしてしまった。多くの賛同者が集まり、100件を超えるシェアがされた。

僕は翌日、当時の強化部長に呼び出され「あれだけ言うなと言ったのに約束を守れんのか!」と怒られた。ごもっともである。「これ以上何かやれば守れなくなる」。そう言われたのを今でも覚えている。

僕はビビったんだ。その後は約束を守り続けたのではなく、クビにされることにビビっただけなんだ。そんなやつは挑戦者でもなんでもない。冒険家にもなれない。サッカー界を変えるなんて無理中の無理である。

元年俸120円Jリーガーで格闘家の安彦考真
元年俸120円Jリーガーで格闘家の安彦考真

だから僕の挑戦はJリーガーになるまでで終わっている。それは格闘家の今も同じだと気がついた。格闘家としてプロデビューするまでは、自分なりの試行錯誤があり、必死に挑戦をしていた。しかし、気がつけば今は普通の格闘家と同じ悩みを持ち、同じように生きているのかもしれない。もちろん普通の格闘家がいいとか悪いとかの話をしているのではない。これは僕自身の問題だ。

やはりここでも目指すという部分で挑戦がピークを迎えている。本気でそのあとのRIZIN出場に向けてどこまで狂えてきたか。。それは正直、言葉でしっかり表せない。僕は挑戦者である時が最も自分らしく生きられている。誰かに縛られて、誰かの何か待ちは自分の生き方には全く合っていない。それは根っこが挑戦者であり冒険家だからだと思っている。

まだ見たことない景色を見たいと思うのは間違いなく冒険家の精神だ。その想いを生活や家族や仕事のせいにして見ようとしていないのではないかと思ってしまうくらい、今の自分が嫌いになった。嫌いになりたてホヤホヤでコラムを書いているので、数日後にはきっと何でこんなことを書いたんだろうって後悔していると思う(笑い)。

たった一度しかない人生を自分らしく生き抜くためには、他人の声や組織の声を気にしすぎたら前には進めない。もちろん今、僕はRISEという団体に存在があるからこそ挑戦というスタートラインに立てている。しかし、それを逆転させるくらいの挑戦ができていない。

立場が逆転し、RISEがどうしてもこの大会に出てほしいと喉から手が出るほど欲しがらせなければいけないのに…。気がつけば僕はずっと待ちの姿勢だ。それでは挑戦者にも冒険家にもなれない。Breaking downに出ている人たちの方がよっぽど挑戦者なのかもしれない。もちろんだからと言って応募する気はないが、挑むといい意味で言えば僕より挑戦者な人は何人かいる。

いつからこんなぬるま湯につかってしまったんだろう。ありきたりの人生を送るな。誰もが言いそうな愚痴を言うな。お前にしか語れない挑戦ストーリーがあるからその言葉に耳を傾けてくれるんだ。「激レアさんを連れてきた。」に出演した時はプレーシーンなんてほとんど映っていない。どう挑んでそこで何をしてきたのかというストーリーだけで60分番組を素人が成立させたんだ。

今日は打ちひしがれた。情けない男だなと心から思った。だからもう一度奮い立たせる。武者震いがしてゾクゾクするような生き方をする。見えない未来が楽しくて仕方ない。それを予定調和に生きようとしてしまったことにへどがでる。僕は挑戦者だ。僕は冒険家だ。旅支度をしろ。羅針盤も地図も水もいらない。その足と熱量で地割れを引き起こせ。足跡につかない道なんて歩むんじゃねぇ!

元年俸120円Jリーガーで格闘家の安彦考真
元年俸120円Jリーガーで格闘家の安彦考真

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。22年2月16日にRISEでプロデビュー。プロ通算2勝1分け1敗。175センチ

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「元年俸120円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)