プロレスの月曜日

創始者三沢光晴の魂引き継ぐノアGHCヘビー級王座

新型コロナウイルス感染拡大の影響でプロレス興行はできない状況が続く。この機にプロレス界の主要ベルトの歴史をひもとき、その価値をあらためて探る。第3回はプロレスリング・ノアのGHCヘビー級王座。

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◆創設 01年に団体創始者の三沢光晴が創設。GHCはグローバル・オナード・クラウンの略で、地球規模の崇高なる王位を意味する。01年以降初代ベルトが使用されてきたが、19年11月2日の両国大会から新調。裏面は三沢のイメージカラーである緑が残された。

三沢光晴は初代GHCチャンピオンに輝く
三沢光晴は初代GHCチャンピオンに輝く

◆絶対王者小橋建太 03年3月1日に三沢光晴を破り、第6代GHCヘビー級王座を獲得。以降13度防衛。04年4月に高山善広を破り8度目の防衛を記録した際に、秋山準が「絶対王者」と命名。05年、V13を達成した当時独身の小橋は嫁取り宣言も。「結婚はさ、勢いってこともあるからね。すぐあるかもしれないし、分かんないよ。芸能人なら国仲涼子がタイプだな」と話していたが5年後の、10年に演歌歌手のみずき舞と結婚した。腎臓腫瘍、度重なるケガを乗り越え、熱いファイトを見せ続けた鉄人として今も愛される。

2003年3月1日 小橋建太は三沢光晴(左)を破り、第6代GHCヘビー級王座を獲得
2003年3月1日 小橋建太は三沢光晴(左)を破り、第6代GHCヘビー級王座を獲得

◆最年長戴冠 杉浦貴の47歳10カ月。18年3月11日の横浜大会で拳王を破り、最年長記録とともに最多4度目の戴冠を果たした。拳王の「丸藤、杉浦の時代は終わった」の言葉に反発し、挑戦を表明。拳王の強烈な蹴りや張り手に耐え、最後は回転式フロントネックロックで失神させレフェリーストップ勝ち。若さを見せつけ、「オレがこれから時代をつくる」と宣言。


◆最多防衛 杉浦が第16代時代に達成した14度。11年5月13日から英国、ドイツで異例の3日連続海外防衛戦を決行。英国でデイブ・マスティフ、鈴木鼓太郎を破った後、15日にドイツ・オーバーハウゼンでクラウディオ・カスタニョーリに勝利。小橋建太と並んでいた連続防衛記録を更新した。

杉浦貴は最年長戴冠、最多防衛、最多戴冠の記録を持つ
杉浦貴は最年長戴冠、最多防衛、最多戴冠の記録を持つ

◆最年少戴冠 第32代王者清宮海斗の22歳5カ月。18年12月16日横浜大会で、王者杉浦貴を猛虎原爆固めで破り、史上最年少戴冠を達成。「ノアの新しい顔はオレだ!」と高らかに宣言。その後も三沢を表す緑のコスチュームを身につけ、若きエースとして団体をけん引。12年12月以来約7年ぶりに進出した19年11月の両国国技館大会では、メインで拳王に猛虎原爆固めで勝利し、6度目の防衛に成功。「業界2位と言わず、1位にいきたい。みんなで一緒に1番まで駆け上がっていきましょう」と約束した。

2018年12月16日 清宮海斗は横浜大会で、王者杉浦貴を猛虎原爆固めで破り、史上最年少戴冠を達成
2018年12月16日 清宮海斗は横浜大会で、王者杉浦貴を猛虎原爆固めで破り、史上最年少戴冠を達成

◆最多戴冠 杉浦貴(第16、25、27、31代)と潮崎豪(第15、17、26、33代)の4度。2人とも10年以上ノアのトップ戦線を戦い続け、今も衰えず。現王者潮崎は20年1月4日に清宮から王座を奪取。3月29日に無観客で行われた後楽園大会では、藤田を下し、初防衛。藤田とは試合開始から約30分間距離を取ったままにらみ合うという異例の試合を展開。その後、ようやく組み合い、最後は豪腕ラリアットで勝利。テレビカメラに向かって「アイ・アム・ノア」と豪語した。興行中止が続く中、2度目の防衛戦は未定だ。

最多戴冠の記録を持つ潮崎豪
最多戴冠の記録を持つ潮崎豪

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