興毅に続いて大毅も引退した。プロボクシングの元世界2階級王者で亀田3兄弟の次男大毅(26)が4日、左目網膜剥離のために引退を表明した。昨年6月に発症し、9月の1年9カ月ぶりの再起戦では判定負けしていた。昨年結婚した夫人と米ニューヨークで2日(日本時間3日)に挙式。波乱のボクサー人生に区切りをつけ、新たな人生へ出発した。長男興毅(28)も10月に4階級制覇失敗で引退表明。三男和毅(24)は王座奪回を期しているが、ボクサー亀田一家の時代に終わりの時が近づいた。
長男興毅の引退表明から約2週間後、次男大毅も第2の人生を決断した。左目が網膜剥離だった。9月の再起戦は1-2の判定負け。勝てば続行のつもりだったが「戦ってみて、この先もっと打たれる可能性が高くなる。右目だけでできる世界ではないと引退を決意した」とコメントした。
興毅のブログによると、昨年6月にメキシコ合宿でスパーリング後に左目が見えなくなった。緊急帰国しての診断は視力回復には手遅れだった。世界王座獲得以来の涙を流し、初めて「怖い」と吐露した。
それでも3度の手術で視力0・1とうっすら見えるようになった。満足な練習はできずに再起戦。「周りに迷惑をかけたこともあり、リングで結果を出して恩返ししたかった。それができずに引退は本当に申し訳ない」と無念の決断となった。
最後まで波乱続きのボクサー人生だった。07年の世界初挑戦で、王者内藤を投げ飛ばすなどの反則を連発で1年間ライセンス停止処分を受けた。セコンドの父史郎氏の不適切な指示も問題になり、包丁で自殺を考えたほど追い込まれた。
13年9月には2階級制覇したが、12月のWBAとIBFの王座統一戦では判定負け。それでも王座保持で物議を醸し、ついに3兄弟は国内で試合ができなくなった。再三のトラブルや近年は実力低下に引退濃厚とも見られていた。
日本時間3日に支えてきた家族に見守られ、昨年10月に結婚した8歳年上の夫人と挙式した。「世界王者になる夢をかなえられて幸せなボクシング人生。新しい道を探して挑戦へ今は未来が楽しみ」。ボクシング界を席巻し、振り回した一家の2人が一気にリングを去った。
◆亀田大毅(かめだ・だいき)1989年(昭64)1月6日、大阪・西成区生まれ。天下茶屋小5年でボクシングを始める。06年2月にプロデビュー。07年10月の世界戦で反則騒動を起こし、1年間のライセンス停止処分。10年2月にWBA世界フライ級王座を獲得し、2度防衛後に返上。13年9月にIBF世界スーパーフライ級王座決定戦に勝利し、2階級制覇。戦績は29勝(18KO)5敗。右ボクサーファイター。14年10月に結婚。
<亀田大毅 アラカルト>
◆浪速の弁慶 父史郎氏の指導で小5からボクシングを始める。「浪速乃闘拳」の興毅に続き、06年2月に「浪速乃弁慶」としてデビュー。入場時は弁慶の衣装が売り。歌が得意で試合後のリングでT-BOLANの「離したくはない」、ゆずの「栄光の架橋」などを披露。イラストも得意で映画主演経験もある。
◆2階級制覇 10年2月にデンカオセーンとの再戦に判定勝ちし、WBA世界フライ級王座を獲得。13年9月にはIBF世界スーパーフライ級王座決定戦に判定勝ちで2階級制覇。世界初の3兄弟同時世界王者でギネスにも認定された。
◆負けても王座騒動 13年12月のWBA、IBFスーパーフライ級王座統一戦に判定負け。WBA王者ソリスの計量失格を理由に、事前説明とは異なり「IBF王座にとどまる」と発表した。JBCは亀田陣営が事情を知りながら公表しなかったことを問題視。ジム会長らを事実上の資格剥奪処分とし、3兄弟は国内で試合が出来なくなった。

