ハリウッドで演技派と言われる人たちは、1度は「着ぐるみ的変身」に挑戦したくなるようだ。
ダスティン・ホフマン(79)には「トッツィ」(82年)があるし、ロビン・ウィリアムス(享年63)には「ミセス・ダウト」(93年)があった。
そろって女装姿で、厚盛りメークはもちろん、ボディ・ラインに凹凸を付けた詰め物は文字通り着ぐるみ状態だった。ともに男性が女装を余儀なくされるすじ立てだったが、周囲は「彼」を「女性」として見る設定だから、そこに説得力を持たせるためには高度な成り切り変身が必要だった。表情に加え、体の動きの隅々まで計算した動きを見せなくてはならないのだ。演技巧者をしてもたいへんな試練だったろう、と改めて思う。
そして、12月公開の米映画「マダム・フローレンス」では、メリル・ストリープ(67)の挑戦である。
資産家のフローレンス・フォスター・ジェンキンス(1868年~1944年)は晩年、多額の寄付によってニューヨークのクラシック音楽界を支えた。第2次大戦で欧州の作曲家や演奏家も渡ってきて、当時のニューヨークはクラシックの中心地のような活況を呈していたという。
そこに「女王」として君臨した彼女は、立ち位置にふさわしいふくよかな体形をしていたようだ。先日来日したストリープは相変わらずのスリムビューティーだったから、劇中のフローレンスになるためには大変身が必要だったはずだ。スローモーな動き、やや開き気味の脚の置き方…その動きはあまりに自然だった。来日前に試写を見たときは、年齢とともにストリープもここまで太ったのか、と誤解してしまったほどの成り切りぶりだった。
この映画の重心は、そのフローレンスが自ら歌いたいと言い出し、実際にカーネギー・ホールの舞台に立った実話に置かれている。天真らんまんな彼女は実は大変な音痴だったそうで、周囲に渦巻く驚き、困惑、気遣い…そんなドタバタで笑わせる仕掛けである。
フローレンスの歌声はレコードに残っていて、えもいわれない味がある。実際にかなりの人気を博したという。ヘタウマ再現の難易度は高い。ストリープは言う。
「下手に歌うのは簡単だと思いました。でも、実際に撮影は想像したよりずっと大変でした。フローレンスは1番難しいアリアに挑戦するんです。彼女は、あのマリア・カラスが晩年出すのに苦労したヘ長調で歌うことができたんです。思い切り大胆に音程を外すけれど、彼女には、最後にはちゃんと歌えるんじゃないかと期待させる何かがあったんですね」
ストリープは、もともとオペラ歌手志望で絶対音感の持ち主としても知られる。撮影前に2カ月間ボイストレーニングを受け、アリアをしっかり歌えるようにした後、最後の2週間でそれを崩してフローレンスの歌声に近づけたのだという。
着ぐるみ的変身に加えて「奇跡の声」の再現である。声の奥行きは劇中のフローレンス像の深みに直結している。男性優位のハリウッドにかねてから苦言を呈してきたストリープは、この作品で、ホフマンやウィリアムスを上回る高いハードルをひらりと越えてみせたのだ。【相原斎】



