「オーシャンズ」「アイアンマン」という人気シリーズですっかり顔を知られるようになったドン・チードル(51)はジャズ・トランペット奏者、マイルス・デイビス(26~91年)の大ファンだという。それが高じて製作、共同脚本、監督、主演の4役で「MILES AHEAD マイルス・デイヴィス空白の5年間」(12月23日公開)を作ってしまった。
代表的アルバム「カインド・オブ・ブルー」は発売から57年を経て、米国ではいまだに毎年5万枚以上売れているそうだから、人気は根強い。が、その微妙な枚数通り、限定的とも言える。ジャズ愛好家以外にアピールするには味付けが必要だ。
そこでチードルは、マイルスが活動を休止して表舞台から姿を消した5年間にスポットを当てた。そもそもが「謎」だから、いかようにも創作できる。「アクション」を大胆に加味する一方で、「らしさ」をちりばめ、マイルス・ファンにも納得できる娯楽作品に仕立て上げた。
幕開けはニューヨークのマイルス(チードル)の邸宅だ。引きこもり続ける大物ミュージシャンのもとに音楽誌ローリング・ストーンの記者(ユアン・マクレガー)が訪ねてくる。
強引な記者によって世間に引き戻されたマイルスは、レコード会社から新曲を要請されるが、密かに録りだめしていた音源をギャングに奪われてしまう。銃を手にレコード会社やギャングのアジトに自ら乗り込むシーンはもちろんフィクションだが、ナイーブな一方で、短気で傲慢(ごうまん)なマイルスならやりかねないと思わせる。
当時のマイルスを巡るエピソードは、70年代米文化に詳しかったエッセイスト、植草甚一氏の「スクラップ・ブック」シリーズ(晶文社)で、数多く紹介されたが、チードルがまぶした「実話」の中には新鮮なものが少なくなかった。
序盤に邸内のラジオから「カインド-」収録の「ソー・ホワット」が流れてくるシーンがある。なぜかかんしゃくを起こしたマイルスはラジオ局に電話をかけて曲を替えさせる。本人からの電話に動揺する局の反応も描かれているから、これは実話なのだろう。
代わりにかけられたのが「スケッチ・オブ・スペイン」に収められた「アランフェス協奏曲」で、マイルスはこれを満足げに聞く。
ともに59年に発売されたアルバムだが、革新的なモード奏法で知られる「カインド-」の方が歴史に残る作品であり、そもそものラジオ局のチョイスも順当と言える。が、その後、誰も彼もがこの奏法に倣った経緯から、発売から16年を経た当時、マイルスにとっては「陳腐な1枚」になっていたのかもしれない。「-スペイン」の方は、フラメンコに触発されたユニークな作品であり、他に例のない、不動の価値を見いだしていたのだろう。
マンネリ化したバンドメンバーの演奏をこき下ろすマイルスの決まり文句は「あいつはクリシェ(フランス語=決まり文句)が多すぎる」だった。重複や模倣をもっとも嫌う彼の一面が、序盤のエピソードにさらりと込められているのだ。
中盤でジュニアと呼ばれる若いミュージシャンがヘロインを打つ場面で、マイルスは「目を背けたくなる光景だな」とつぶやく。自身、薬物とは無縁ではないし、特に沈黙の5年間は溺れていたと伝えられるから、このセリフに違和感を覚える人も少なくないだろう。本人は「吸引」に限っていたようだから、吸引と注射の間に彼なりの線を引いていたフシがある。
植草氏の著書にも、ヘロインに深入りしたメンバーのジョン・コルトレーン(26~67年)を愛情ゆえに思いっきり殴る印象的なエピソードがあった。
活動休止期間は75~80年。来日公演を収録した「アガルタ」「パンゲア」が休止前最後の作品となる。当時はもっぱらオルガンでバンドをリードし、トランペット演奏ではワウワウ(増幅機)の使用ばかりが印象に残った。一転、復帰後の「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」では再び60年代後期並みに吹いている。83年、新宿の野外公演で目の当たりにした生マイルスも確かにしっかり吹いていた。
つまり、この5年はトランペットを捨てかけた彼が、再び向き合うまでの期間と言える。管楽器は数日練習を休むだけで、口周りの感覚が鈍るそうで、劇中にも「音を出せない」情けないシーンが登場する。この間の77年にオンエアされたTDKのCMにマイルスが出演し、「突き抜ける高音のさえ」を披露したのは文字通り奇跡的な出来事といっていいのかもしれない。
ラストのライブはジャズ・ファンへのサービス・シーンだ。60年代のバンド・メンバー、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーターに加え、エスペランサ・スポルディング、ゲイリー・クラークJr.といった現代のトップミュージシャンが参加して自在な演奏を披露している。チードルは「マイルスが生きていれば、集めただろうメンバー」という。
時系列に沿って緻密に組み立てながら、随所を弛めて弾けた演出を盛り込んだチードルの遊び心。緻密で自由。全編を俯瞰(ふかん)すれば、そのままマイルスの演奏、生き様を映しているようにみえる。【相原斎】



