落語、講談を見渡して、今最も勢いのあるのは講談師神田松之丞(35)だろう。先日、出版された「神田松之丞 講談入門」(河出書房新社)の取材で、松之丞がトリで出演する「わかば会」の会場である、お江戸日本橋亭に行ったが、正午開演というのに、1時間半前からすでに行列が出来ていた。7月下旬の博品館劇場での「7夜連続公演」も即日完売になるなど、チケットが取れない人気者の1人でもある。

 松之丞はもともと落語ファンで、立川談志の追っかけだったが、学生時代に神田伯龍の「村井長庵」を聞いて、講談の魅力に取り憑かれた。07年に3代目神田松鯉門下に入り、12年に二つ目に昇進した。持ちネタは「天保水滸伝」など130を超え、落語芸術協会の同期の二つ目落語家11人でユニット「成金」を結成し、メンバーとしても活動している。昨年は「絶滅危惧職、講談師を生きる」を出版した。

 今回出版された「講談入門」は講談の基本についての「Q&A」、持ちネタのあらすじと解説、人間国宝の一龍斎貞水(79)との対談、松之丞の「過去・現在・未來」と題して講談愛を語るインタビューと盛り沢山の内容だ。「講談ほど面白いものはない。しかし、落語の本はいっぱいあるのに、講談の本はなかった。パーソナリティーとしての松之丞は知られるようになったけれど、講談を本当に知っている人は少なく、入門書の需要も大きくなっている。講談は知れば知るほど面白くなる芸能で、これを読むことでスムーズに講談に入っていけると思う」。ブームの様相が見え始めた講談のさらなる活性化のために講談の入門書の必要性を感じての出版だった。

 講談定席の講釈場は江戸時代は約800軒あったという。その後、衰退の道をたどり、90年に唯一あった本牧亭が閉館した。今は皆無になっている。「大正時代のころから、師匠たちが『客が来ない』と嘆いていた。でも、客を呼び込む努力もせず、絶滅寸前になった。今の僕は講談の案内役として注目され、1人でも多くの人に講談に興味を持ってもらうのが役割と思っています。この本は売れないとしょうがないし、売れないといけない本なのです」と強烈が使命感を持っている。

 松之丞は日本講談協会と落語芸術協会に所属し、寄席にも出演し、同期の二つ目落語家との人気ユニット「成金」で互いにしのぎを削っている。「成金のメンバーは、仲良しこよしではなく、ライバル。寄席は刺激になるし、人脈も出来た。講談は寄席では外様だけれど、異種格闘技戦をやる中で、講談を客観的に見られるようになった。将来的には講談の本拠地を作りたい」と大きな野望も持っている。

 講談の世界に彗星(すいせい)のように登場した松之丞。テレビやラジオに出演し、マスコミにも数多く取り上げられるが、まだ一般的な認知度は高くない。「今は僕に注目が集まっているけれど、講談界にはいろいろな人がいるし、注目がばらけていけばいい。二つ目で本、CD、DVDも出したけれど、もっと結果を出さないといけない」。講談が大好きだからこそ、現状に満足していない松之丞がいる。【林尚之】