美輪明宏さんが亡くなった。美輪さんの舞台、コンサートはよく見ていた。三島由紀夫の「黒蜥蜴」、寺山修司の「毛皮のマリー」、ジャン・コクトーの「双頭の鷲」、ピアフの生涯を描いた「愛の讃歌 エディット・ピアフ物語」など、主演するだけでなく、演出、美術、衣装なども手掛け、美輪ワールドにどっぷり浸かる舞台だった。

今はないシャンソン喫茶「銀巴里」や渋谷の小劇場「ジァンジァン」のライブ、パルコ劇場でのリサイタルなどで、美輪さんの歌を聴くのもぜいたくな時間だった、「愛の讃歌」はいろいろな訳詞によって歌われているけれど、美輪さんが訳した歌詞は鮮烈だった。「高く青い空が落ちて来たとしても 海がとどろいて押し寄せたとて あなたがいる限り 私は恐れない 愛する心に 恐れるものない」と愛の無限の力を力強く歌うものだった。

美輪さんは70曲以上の曲を作っているけれど、最もヒットしたのが1966年発表の「ヨイトマケの唄」だった。小学生時代の参観日での体験をもとにしたもので、工事現場から汚れた服で駆けつけた母と子の姿をモデルにしている。「父ちゃんのためならエンヤコラ 母ちゃんのためならエンヤコラ も一つおまけにエンヤコラ」と貧しい中で懸命に働く人への応援歌だった。しかし、言葉狩りがまん延した1980年代に歌詞にある「ヨイトマケ」「土方」が差別的表現にあたるとして、テレビ局は放送禁止の自主規制に走った。しかし、2000年に桑田佳祐が「絶滅しそうな歌で21世紀に残したい歌」として「ヨイトマケの唄」をテレビで歌い、自主規制の呪縛が解かれた。2012年のNHK紅白歌合戦で美輪は、6分近くある歌をほぼフルコーラスで歌い切った。歌の力を信じた人だった。【林尚之】

2012年のNHK紅白歌合戦で「ヨイトマケの唄」を歌う美輪明宏
2012年のNHK紅白歌合戦で「ヨイトマケの唄」を歌う美輪明宏