名曲やヒット曲の秘話を紹介する連載「歌っていいな」の第13回は、藤井フミヤの大ヒット曲「TRUE LOVE」。チェッカーズでの活動を終え、ソロアーティストとして初めて世に送り出した曲でした。

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1993年(平5)10月スタートのフジテレビ系ドラマ「あすなろ白書」の担当に決まったフジテレビ亀山千広プロデューサーのもとには、レコード会社の宣伝マンが連日やってきた。高視聴率が約束されるフジテレビの看板ドラマ枠「月9(げつく)」の主題歌に採用されれば、ヒットは約束される。候補には、鈴木雅之、ZARDら、そうそうたるアーティストの名前が並んだ。

レコード会社「ポニーキャニオン」の制作宣伝開発室の浅野澄美さんも亀山氏を何度も訪ねた。ある日、亀山氏に呼び止められた。「おたくにビッグな新人がいるじゃないですか」。浅野さんに“新人”は思い当たらなかった。亀山氏は「藤井フミヤさんですよ」と予想外の名前を口にした。

その年の藤井フミヤは、完全オフだった。92年大みそかの紅白歌合戦を最後にチェッカーズが解散。フミヤにとって翌93年は充電期間で、94年からソロ歌手として再出発する計画だった。グループ時代にできなかった家族サービスや、趣味のCG(コンピューターグラフィックス)に没頭する毎日を送っていた。キャニオンとのソロアーティスト契約も済ませておらず、浅野さんがフミヤを推さなかったのも当然だった。

亀山氏は「ドラマは石田ひかりさん、木村拓哉さん、筒井道隆さんと、フレッシュな人ばかり。だから主題歌はメジャーな人で、切なさを表現できる声の高い男性歌手がベストと思っていた。フミヤさんとは前に一緒に仕事をしていたし、あの声で、と心の中で決めていました」と語る。

キャニオンと亀山氏は「10月の番組だから、2、3カ月活動が早まったと思って」とフミヤに主題歌を依頼した。担当のキャニオン倉中保ディレクターは「僕はOKしないと思っていた。ソロ初仕事になるわけで当然、綿密な打ち合わせを行い、方向性を決めないといけない。場合によってはソロ藤井を殺してしまいかねない。ところが、それがOK。推測ですけど、時間を持て余していたのかも(笑い)」と振り返る。

「柴門ふみさんの原作は大好きだから大丈夫。作詞も作曲も自分でやるよ」と快諾したフミヤも、実は作曲は未経験だった。それでも「ソロになる以上は作詞、作曲を手掛けなければ」と自覚していたらしく、倉中ディレクターに「大丈夫、大丈夫、任せて」を繰り返した。

すぐにソロアーティスト契約が結ばれた。1週間もしないうちに出来上がったのが「TRUE LOVE」だった。当時、WANDSやZARD、B’zらいわゆる“ビーイング系”の時代。フミヤが作った曲はそんな風潮と一線を画すストレートな歌詞に、アコースティックギターの音色が印象的な曲。キャニオン社内では疑問の声も上がったが、亀山氏は「メロディーラインと声が実にセクシーだった。フミヤさんの声こそが最大の武器だと思っていたし、メロディーも分かりやすかった」と主題歌に決めた。

悲しみにも、喜びにも感じられる巧みな詞とメロディーが、ドラマの各場面を盛り上げた。高視聴率が続き、同曲は200万枚の大ヒット。1年休業するはずだったフミヤは、この年の紅白歌合戦にもソロとして初出場した。倉中ディレクターは「フミヤさんも周りもいい意味で気楽に作った感じ。会議を繰り返し、世間受けする曲調で、肩に力を入れて作っていたらだめだったと思う」と振り返った。【特別取材班】

※この記事は96年11月26日付の日刊スポーツに掲載されたものです。一部、加筆修正しました。連載「歌っていいな」は毎週日曜日に配信しています。