永瀬正敏(56)が19日、東京・新宿武蔵野館で行われた映画「雑魚どもよ、大志を抱け!」大ヒット記念トークイベントで、足立紳監督(50)と共通の師である相米慎二監督への思いや、思い出を語った。
「雑魚どもよ 大志を抱け」は、23年後期のNHK連続テレビ小説「ブギウギ」の脚本を担当する人気脚本家でもある、足立監督の17年の小説「弱虫日記」が原作。1988年(昭63)の田舎町を舞台に、関西ジャニーズJr.内のグループ「Boys be」の池川侑希弥(14)演じる、グループのナンバー2ながら実は小心で臆病者な高崎瞬をはじめ、家庭環境やイジメなど悩みを抱えて懸命にもがく、小学生男子7人の成長を描いた。
足立監督は、95年に日本映画学校(現日本映画大学)を卒業し、81年の映画「セーラー服と機関銃」などで知られる、相米監督に助監督見習いの形で師事していた。「相米さんの、でっちのようになって1年間、一緒にいた」約20年前に、今作の台本の原型を書き、最初に見せた師匠の相米監督から「ようやく褒めていただいた」(足立監督)唯一の作品だ。相米監督は01年6月に映画「風花」を公開後に体調を崩し、検査の結果、肺がんと告知され、同9月に53歳の若さで亡くなった。
一方、永瀬は、相米監督の1983年(昭58)の映画「ションベン・ライダー」のオーディションを受けて合格。映画への出演は、その1本だけと故郷・宮崎の両親と約束しての俳優デビューだったが、今年でちょうど40周年を迎えた。劇中では中学生のジョジョを演じ、藤竜也が演じたヤクザの厳兵に暴力団風の男に誘拐された同級生の救出を持ちかけるが、劇中ではその厳兵にボコボコにやられるシーンがある。
足立監督は、田代輝(15)が演じた少年達のリーダー格の村瀬隆造の父親でヤクザの真樹夫役で、永瀬に出演のオファーをした。その理由について「(真樹夫は)子どもたちの前に、良くも悪くも立ちはだかる大人。僕は相米さんの作品の中でも『ションベンライダー』が好きで、永瀬さんが藤竜也さん演じるヤクザに立ち向かっていく映画になっていた。僕が撮るなら、その役は、ぜひ永瀬さんに演じていただきたいと、ずっと思ってオファーしました」と語った。
足立組初参加の永瀬は、出演のオファーを受けた段階で、足立監督と相米監督の関係性を知っていたという。「お話をいただいた時に、うれしくて一気に台本を読めた。最初、ニマニマしながら読んでいて、最後にグッとくるものがある。持っていき方が、たまらなくて」と台本を絶賛。「自分のことも置き換えて、すごい台本だなと。ぜひ、やらせていただこうと思った」とオファーを快諾した。
撮影時のエピソードは? と投げかけられると、足立監督は「永瀬さんの台本を、のぞかせていただくと、たくさんメモ書きがあって…それに、ひるんだ記憶があります」と明かした。永瀬は「いや、どうでしょう?」と一瞬、かわして照れ笑いを浮かべた。そして「デビュー作の変な監督の呪縛といいますか。こいつ、どう動けば? と質問しても『そんなこと、知るか』と全然、教えてくれない監督だったので」と、自ら考えることを要求する相米監督に食らい付くために身に着いた手法だと説明した。
その上で「なぜなら、演じているお前が一番、知っているはずだろ、心の中にいるはずだから、…お前から出てくるものじゃなきゃウソなんだよと」と相米監督が突き放した意図を説明。「後から思えば、そういうことを教えてもらった。僕は頭が悪いので、すぐ忘れちゃうから書いたんだと思う」と語った。
永瀬は、足立監督と相米監督との共通点を聞かれると「ここで相米のオヤジと比べちゃうのは、あれだけど…。種類は違うと思いますけど、目線の角度が、子どもたちの角度にいらっしゃる監督だなと、はたから見て思った」と評した。そして「相米さんに、僕は名前で読まれたことが1回もない。ボケとか、兄ちゃんとか、猿とか…。その、ぶっきらぼうな距離感の詰め方とは違うんだけど、子どもならどう考えるだろう、どう動けば一番良いんだろうと一緒に考えているのがすてき」と、より詳しく両監督の共通点を示した。
永瀬はトークの最後で「雑魚どもよ、大志を抱け!」の台本を読んで「自分のことも置き換えた」と語った一端として、この日が亡くなった弟の命日だと明かした。
「実は今日は、僕の3歳下の弟の命日で…小さい頃に、彼は天国に上ってしまったので。彼がいてくれたら、きっと僕も『雑魚どもよ』みたいな世界をすごしていたんだろうなと思いながら今日、ここに来ました。まだ見ていない方や1、2、3度見た方も、ぜひ劇場でピュアな心で見ていただければいいなと。明日も来て下さい」と観客に呼びかけた。【村上幸将】



