爆笑問題・太田光(60)が12日、都内で行われたTBSドキュメンタリー映画祭2026(13日から東京、大阪、名古屋、京都、福岡、札幌の6都市で順次開催)開幕宣言イベントに登壇。
トークの中で、この日のMCを務めた「サンデージャポン」(日曜午前9時54分)アシスタントの若林有子アナウンサー(29)に「TBSは局アナが、どんどん辞めていく。特に『サンジャポ』のアシスタントは確実に辞めていく」と、退社しないよう、くぎを刺すかのようにイジった。
太田は、トークの序盤で「去年までは、アミーゴが…良原アナウンサーが、そこに」と、TBSを1月で退社し、2日に大手事務所セント・フォース入りをインスタグラムで発表した、若林アナの1年先輩の先代アシスタント良原安美(30)の名を口にした。その流れで、先述のように若林アナをイジり倒した上で「私も、若林さんには、ぜひ残ってもらいたい。そこにいると…何だか辞めちゃうんじゃないか?」とまで口にした。
太田が指摘したように、2001年(平13)10月に放送をスタートした「サンジャポ」は、8代目の良原までアシスタントを務めたアナウンサーが全員、番組の卒業後に同局を退社し、フリーに転向している。初代の小倉弘子(51)は24年、2代目の海保知里(50)は08年、3代目の竹内香苗(47)は12年、4代目の青木裕子(43)は12年、6代目の吉田明世(37)は19年、7代目の山本里菜(31)は23年に、それぞれ退社した。
中でも5代目の田中みな実(39)は14年に退社しフリーに転向後、19年からは女優業に進出。良原も、2月23日にインスタグラムでアパレルブランドの立ち上げを発表し、YANMI.(ヤンミ)という、自身の名前のイニシャルをベースにしたとみられるブランド名も公表。今後はアパレルブランドの展開と並行し、フリーアナウンサーとして活動していくとみられる。
「サンジャポ」からアシスタントが卒業する度に、歴代の面々がTBSを退社していった事実関係が各所で言及されてきた。そのことを、イベントの取材に呼び込んだ芸能メディアの面前で、MCとして登壇していた現アシスタントの若林アナに直撃する…そんな芸当は、ただのMCでは無理で、太田にしか許されないだろう。
若林アナも、太田の唐突なツッコミに対し「歴代のアナウンサーが辞めているので、いろいろ聞かれるんですけど、TBSは働きやすい会社で」と、すかさずフォローを入れた。すると、太田は25年に続きスペシャルサポーターを務める「news23」(月~木曜午後11時、金曜同11時58分)メインキャスターで、元テレビ朝日アナウンサーの小川彩佳(41)に視線を送りつつ「そうですよね!(TBSの職場環境は)テレ朝よりいいでしょ…」とツッコみ、会場を笑わせた。
その後、若林アナが返す刀で、太田に「先日の選挙特番で、高市総理とお話をして…」とツッコみ返したのも、面白かった。2月8日にTBS系で放送された衆院選の選挙特番「選挙の日2026」で、太田は高市早苗首相(64)と対談した中で消費税公約について「できなかった場合、どういうふうに責任を取るんでしょうか」と質問。同首相が「意地悪やなあ」と表情を一変させると、SNS上の一部で太田への批判が集まった経緯がある。若林アナの“逆襲”ともとれるツッコミに、太田は「意地悪だなぁ…意地悪な質問、せんといてよ」と、高市氏のまねをして場内を笑わせた。
折しも昨今、テレビ各局でアナウンサーの退社が相次いでいる。イベントが開かれた12日には、フジテレビの小澤陽子アナウンサー(34)が6月、勝野健アナウンサー(26)が3月で退社すると発表。同局は、25年3月に西岡孝洋アナ(50)永島優美アナ(34)椿原慶子アナ(40)同6月に岸本理沙アナ(26)同12月には藤本万梨乃アナが退社(30)を発表。同8月に定年退職した青嶋達也アナ(60)は、翌9月からフリーに転向も、フジテレビの親会社フジ・メディア・ホールディングスの連結子会社のコンテンツプロダクション「フジ・メディア・テクノロジー」に所属。今も同局の番組に出演しており、純然たる退社とは違うだろうが、アナウンサーが同社本体から相次いで離れているのは事実だ。TBSでも、1月6日付で石井大裕アナ(40)が退社し、新会社を立ち上げている。
太田は、トークの中で「オールドメディア」という言葉を再三、口にした。21年にスタートしたTBSドキュメンタリー映画祭についても「オールドメディアの皆さん、映画なんてのは、1番のオールドメディア」と自嘲気味に口にしつつも「でも、これが力強い」と、オールドメディアの力を、まだまだ信じている思いをにじませた。
この日のやりとりを見て、若林アナが今後、どういう方向にキャリアと人生のかじを切っていくのか、興味が湧いた。記憶の片隅に置き、見守っていきたい。そう思えたほど、若林アナの切り返しと顔色からは、感じる“何か”があった。【村上幸将】



