石川さゆり、歌が大きな存在/紅白を語る

<第60回NHK紅白歌合戦を語る(9)=石川さゆり>

 石川さゆり(51)の初出場は77年。まだ19歳だった。以来、長女出産のために“産休”した83年を除いて、今年まで32回出場している。83年も歌唱こそなかったが、臨月間近の大きなおなかを抱えて応援ゲストとしてステージに立った。つまり、初出場から33年連続で紅白に出演している。

 「83年の紅白は出産予定日まで約1カ月。何があってもおかしくなかったのでさすがに歌唱は無理でした。でも、NHK側から『入院していなかったら応援に来て』とオファーをいただいていて、大きなおなかのポンポコリンで駆けつけました。もちろん、台本には書いてありません。会場で私を見つけた五木(ひろし)さんが『どうしたの!』と大きく目を見開いてビックリしていましたね」。前年までは出演者の輪にいた自分が、外から紅白を見ることに。「本当に不思議な感じでした…」と26年前を振り返った。

 産休から6年後の89年。「風の盆恋歌」で初めて大トリの大役を務めた。昭和から平成へ時代が変わる節目に、石川の人生もまた大きな変化を遂げていた。同年2月に離婚。長女と2人の新生活をスタートさせた。「『夫婦善哉』『天城越え』という曲もあって、それまでの石川さゆりというと、いちずで良妻賢母というイメージがありました。でも、そういうものを全部、家庭も壊してしまいました。だから、その年は仕事もプライベートも必死。そんな時に『風の盆恋歌』と出会って大トリをいただいた。もう、震えるような思いでした」。

 自称へそ曲がりの石川は、それまで「歌が命」「私には歌しかありません」というセリフは「恥ずかしくてよう言わんタイプだった」という。真意であっても、言葉にしてしまうとウソっぽく聞こえる。そのことが心に引っかかっていた。だが「その年には、自分が生きていく、歌っていくことを初めて正面から感じられた。これから子どもと2人でどうやって生きていったらいいのかも含めて、自分の中で歌がいかに大きな存在かあらためて気付きました」。素直な気持ちで「私には歌しかありません」と心から言えた。

 「毎年の紅白の映像を見ると、10代から50代までの自分を見ることができる。まるでアルバムをめくるような気持ちになります」。今年の年末には、思い出のアルバムに新たな1ページを加える。紅白にはこれからもずっと出たいですか?

 そう率直に尋ねると「その時代と自分とが…、そんなシリアスなことを言ってもしょうがないけどね」と話した後で「でも、お祭りにはやはり参加するものかなと思います」。26年前の産休時のような思いは、ノーモア

 サンキューだ!

 【松本久】

 ◆石川(いしかわ)さゆり

 本名・石川絹代。1958年(昭33)1月30日、熊本県生まれ。73年に「かくれんぼ」でアイドル歌手としてデビュー。77年に「津軽海峡・冬景色」が大ヒット。同年に同曲で紅白初出場し、日本レコード大賞歌唱賞など多数の音楽賞を受賞した。代表曲に「能登半島」「天城越え」「風の盆恋歌」など。趣味は陶芸、スキー、スキューバダイビング。

 [2009年12月26日6時52分

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