岸田文雄首相の周辺がまた、ザワザワ、ピリピリしてきた。マイナンバーと保険証の一体化「マイナ保険証」の実施時期をめぐって首相サイドと関係閣僚が対立して迷走する中、首相自身が外務政務官に任命した秋本真利衆院議員に、不透明な資金受領疑惑が浮上。説明をしないまま、5日に自民党を離党してしまった。いわゆる「政治とカネ」の問題は、昨年秋以降、閣僚の「辞任ドミノ」の一因にもなり首相を苦しめた。今春の衆院千葉5区補選のきっかけになったのも千葉選出の元衆院議員の政治資金問題。「悪夢再び」となりかねない出来事なのだ。
再側近の木原誠二官房副長官の親族をめぐる週刊文春報道もくすぶったままで、今は「負のスパイラル」という言葉がしっくりくる岸田首相。スパイラルから脱却するきっかけにできるかという「期待」(自民党関係者)があったのが、7月4日の記者会見だった。 当日の会見について首相官邸のSNSは、ライブ配信の予定を再三、つぶやいていた。マイナ保健証の迷走をきっちり説明し、国民を納得させる場となれば、逆風も少しずつは和らぐというものだ。
記者会見で岸田首相は行政のデジタル化やマイナンバーカードの必要性などを、時間を割いて語り続けた。しかし、迷走するマイナ保健証の実施時期、現行の保険証廃止時期には触れず、「(今後の総点検などの)状況を見極めた上で、時期の見直しをも含めて適切に対応する」と、状況次第では延期もありと含みを持たせる、どっちつかずの内容。この場では延期表明はしないと事前に報じられており、目新しさもなかった。つまりは「売り」がなかったと感じた。
首相の記者会見は毎日開かれるものではなく、開く際はなにがしかのテーマがある。今回は、国民の間に不安が広がっているマイナ保健証の行方が大きなテーマで、不安や批判を和らげるには、理解しやすい説明が絶対的に必要だ。そこに向けては、首相の「やる気」が感じられることも必要だと思うのだが、個人的には「売り」「やる気」両方とも感じられなかった。
首相は、プロンプターを見ながらも、たまに正面を見据えた。生中継やライブ配信を意識したのだろう。カメラ目線も交えながら説明していたが、言葉だけでは伝わらない部分もある。しかも、必ずしも流ちょうとは言えない岸田首相のしゃべり方では、耳にすんなりと入ってこない。パネルなどを使って説明してもよかったように感じた。
首相官邸のSNSを見ると、「なぜマイナカードを早期普及?」「マイナ保健証への移行は国民の不安払しょくを最優先」「マイナ保健証のメリットを実感してもらえるように」のテーマに沿った説明の画像が投稿されていたが、肝心の記者会見場にはなかった。首相の説明は、どこか「いいわけ」のように聞こえる部分も目立ち、何が何でも分かってもらおうという努力感も見えなかった。だからこそ「やる気」を感じなかった。
首相の記者会見は、時に「勝負の場」となる。かつて小泉純一郎氏は、2005年8月、持論の郵政民営化の法案が参議院で否決されたことを受けて衆議院解散に踏み切った。記者会見では、いつもは背景の青いカーテンが、紅色のものに変わった。小泉氏の熱っぽい語り口もあり、燃えるような胸の内を表す「演出」だった。また、今回のように国民の批判が強かった安保法制の構築に向けて、2014年5月に安倍晋三氏が政府の基本姿勢を説明するため会見した際には、パネルを横に置いて自ら指し示しながら集団的自衛権のあり方を説明。パネルの内容には野党が反発したし、賛否もあったが、少なくとも分かってもらおうという姿勢は醸し出された。
こうした視覚的なことを含めた「演出」は、岸田首相の記者会見では見られない。言いっぱなしでも信頼を寄せてもらえる状況には今、岸田首相は置かれていない。マイナ保健証への批判が広がり、岸田首相の支持率がどんどん落ちているのは、国会答弁や記者会見で自分の訴えが伝わった気分になっているものの伝わっておらず、伝えようとする努力が見えない側面もあるのではないかと感じる。
そんな岸田首相について永田町関係者の間に、7月下旬、首相が来年9月の自民党総裁選不出馬を示唆したとする「怪文書」が回った。「支持率続落で一転弱気に」「伝家の宝刀も抜けず仕舞いか」のタイトルで、7月中旬に少数の側近と打ち合わせした際に「総裁選には出ないかもな」と漏らしたというのだ。側近との打ち合わせ内容が漏れることは重大だが、「真意は不明だ。果たして…」とのオチもあり、真偽は分からない。それでも「弱り目にたたり目状態」(野党議員)といわれる首相の今を象徴するような内容だった。
負のスパイラルを脱する見通しは立たず、厳しい立場はまだまだ続くことになりそうだ。【中山知子】(ニッカンスポーツ・コム/社会コラム「取材備忘録」)


