任期満了に伴う石川県知事選は8日、投開票され、再選を目指した現職の馳浩氏(64)が、自民党出身で金沢市長を務めた無所属新人の山野之義氏(63)に敗れる大波乱が起きた。
選挙期間中には、国会議員時代から親交がある高市早苗首相のほか、日本維新の会の吉村洋文代表ら政権幹部の応援も受けており、与党内にも衝撃が走っている。
馳氏は星稜高でレスリングを始め、3年で国体優勝。専大4年で全日本学生優勝。卒業後は星稜高で国語の教員を務め、84年に全日本選手権で優勝。グレコローマン90キロ級で同年のロサンゼルス五輪出場した。アマレスの輝かしい実績を引っ提げ、85年にジャパンプロレスに入団し、86年にプエルトリコでデビューした。87年の小林邦昭とのデビュー戦でIWGPジュニア王座を奪取。デビュー戦での戴冠は史上唯一の快挙だった。その後、IWGPタッグ王座を3度戴冠。96年に全日本に移籍した。
全盛期は黄色ショートタイツがトレードマークで、得意技は、相手の足を持って振り回し観客をコールで沸かせるジャイアントスイング。また裏投げも多用し、試合を決める必殺技はノーザンライトスープレックス(北斗原爆固め)だった。私生活では、94年にタレント高見恭子(67)と結婚した。
95年に参院議員に初当選し、00年には衆院議員に。政界では、石川出身の森喜朗元首相のバックアップを受け、衆参両院で約26年、国会議員を務め、2022年の知事選で初当選した。議員となった当初はプロレスを並行していたが、06年8月27日、引退試合を行った。ただ、17年にプロレスリング・マスターズでリング復帰。23年1月1日にはノアのリングに上がるなど、政界進出後もスポット参戦していた。
今回は、2024年元日に発生した能登半島地震後、初の知事選。地震からの復旧、復興などが主な争点となった。事実上の保守分裂選で、両者による一騎打ち。再選を目指すに当たって馳氏は、国会議員の経験と、国とのパイプを強調した。通常、2期目を目指す現職は強いとされるが、そうした強みを生かすことはできなかった。前回は、山野氏を8000弱の僅差で振り切り初当選したが、今回はジャイアントスイングならぬ、ジャイアントキリングをくらう形となった。

