自転車マウンテンバイク(MTB)で東京オリンピック(五輪)代表に内定している幕別町出身の山本幸平(35=DREAM SEEKER RACING TEAM)が、夏季では北海道勢初の4大会連続出場となる五輪に臨む。6月にはセカンドキャリアを見据え自身が代表を務める「Yamamoto Athlete Farm」も設立した。第一人者の競技人生の集大成にかける思い、将来のビジョンに迫った。

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山本は12度目の優勝を狙う全日本選手権(11月6日開幕、長野)に向け調整を続ける。東京五輪は1年延期。35歳の山本にとって決して短くない時間も、有意義に捉えている。「1年延びて、この時期に日本にいれた。日本がどういう気候で、どこにいけば良い練習ができるのかの模擬練習ができた」。今季は長野県内の標高1800メートル付近の合宿所で、本番を想定して「山ごもり」の日々だった。

過去3度の五輪では直前に代表が決定したが、今回は1年以上前の今年6月に内定した。出場すれば夏季五輪では道勢初の4大会連続となり「1つの歴史をつくれうれしい」と話す。コロナ禍で今季はワールドカップ(W杯)や世界選手権など世界の一線級と競う大会に出場できないが「世界のトップライダーとの比較を頭の中で描きながら全てのレースを走っている」。今年2月を含めアジア選手権で10度の優勝。アジアで他の追随を許さない第一人者に迷いはない。

3度目の出場で過去最高21位の16年リオデジャネイロ五輪後、「集大成」と位置付ける東京五輪までには公私ともに変化があった。17年には元トライアスロン選手の敬子さんと結婚し、翌18年には長女が誕生。「穏やかな日々を家族で過ごしている」。18年には国内の既存の自転車チームにMTB部門を立ち上げた。競技と並行しセカンドキャリアを見据えた動きは、今年6月に「ヤマモトアスリートファーム」の設立につながった。

「スポーツ」「食」「楽しむ空間」が事業のコンセプト。「レースもなかったので考えられる時間も多くて、良い出会いもあった。選手のうちに始められるのであればそのほうが良い」。五輪までは競技を最優先にし、オンラインでのドリップコーヒーの販売や講習会、講演会を実施。すでにコーヒーのオンライン販売も開始している。「強い日本人を世界に送り出すことをやりたい」と引退後のプランを思い描き、売上金の一部はMTB若手選手強化育成の活動資金に充てる。

幕別町出身。昨年、十勝はNHK連続テレビ小説「なつぞら」で脚光を浴び、今年は母校帯広農が甲子園交流試合で勝利し注目を集めた。高校時代は毎日片道12キロの登下校もあり「食べ物や空気。そこで育った環境が強い体づくりにつながった」。故郷を愛する気持ちは強く、同町の応援大使としても活動してきた。

来夏の東京五輪での目標は8位入賞。「日本人観客が多い中で走るのも初めて。自分1人の体という感覚ではなく、みんなの思いを背負って走りきる。スタートからゴールまでを休むことなく、すべてをぶつける」。人生をかけてペダルをこぎ続ける日々は続く。【浅水友輝】

◆自転車マウンテンバイク 五輪には96年アトランタから正式採用されている。東京五輪は静岡・伊豆の、起伏に富む山岳コースを舞台に、全長約4キロ、高低差150メートルのコースが設定されている。全選手が一斉にスタートして、約1時間半の競技時間で、天候などのコンディションをもとに決まる周回数を走り着順を競う。

◆山本幸平(やまもと・こうへい)1985年(昭60)8月20日、足寄町生まれ、幕別町育ち。帯広農を経て国際自然環境アウトドア専門学校。10歳でMTBレースに初出場。帯広農3年で世界選手権ジュニアクラス日本代表。全日本選手権は08~13年に6連覇、15~19年に5連覇。五輪は08年北京46位、12年ロンドン27位、16年リオ21位。世界選手権は12度出場で最高位は13年の15位。家族は妻と娘。182センチ、68キロ。血液型はA。

<オリンピアンの町>

幕別町は現役では山本のほか陸上の福島千里、ラグビー7人制の桑井亜乃、スピードスケートの高木菜那、美帆姉妹と5人の五輪選手を輩出し「オリンピアンの町」を掲げ町づくりを推進している。17年には5人を応援大使として任命し、PRのための独自の名刺、のぼり、ステッカーを作成。同町体育施設には展示スペースを設置して機運向上を図り、スポーツ教室など子どもとの交流も盛んだ。同町職員は「現役のオリンピアンを実際に生で見ると子どもたちも喜びます」と話した。