W杯を闘っていたのは日本代表チームだけではない。ヒーローたちを育てた指導者もまた、早朝の日本から熱い声援を送っていた。
中村敬斗の日本第1号に「ちびりました」と歓喜したのは、三菱養和の生方(うぶかた)修司チーフコーチ(57)だった。
ロナウジーニョのようになりたかった小学6年生は、初対面で「ここはドリブルしてもいいですか?」と聞いてきた。束縛されず自由にプレーがしたかった。「全然できるよ、好きなようにやんな」と返すと、ニコっと笑みを浮かべた。
個性を大事にした指導のもとドリブルとシュートを磨き、17歳でプロへと羽ばたいた。オランダ戦で決めた左からの右足シュートは、来る日も来る日も東京・巣鴨の練習場で繰り返した形だ。「W杯で絶対点を取りますと約束してくれたけど、また約束を守ってくれてうれしい。自分の形で点を取るのはストライカーの証」と声をはずませた。
力強いヘディングシュートで敗北の危機を救ったのは小川航基。神奈川・桐光学園高で指導した鈴木勝大監督(48)は「最高です」と感無量の声を上げた。
中学時代は無名の中盤選手だった小川をストライカーとして見いだし、勧誘した。1年生からレギュラーに抜てき。小川がテングになると、何度もカミナリを落とした。「熱くなる気質は好きなので、ガッツリとファイトしました。今はもうあんな子はいない」。非エリートで反骨心あふれる少年を内面から鍛えた。
逆境のオランダ戦、土壇場で見せたヘディングはそんな原点と重なる。「この後も活躍してくれることを期待し、楽しみにしています」と喜びをかみしめた。
巧みなゲームメークに、決勝点も記録したのは鎌田大地。プロ1年目のJ2鳥栖で監督だった森下仁志さん(53=現東京Vヘッドコーチ)は「自分の強みを存分に表現し、結果につながったことがうれしい」と興奮が収まらない。
鎌田の才能に目をつけ「何度も監督室に呼んだ。大地を何とかしなきゃと必死だった」。11節目でデビューするや、いきなり右足ボレーでゴールを決めた。「やっと使ってくれたのかって感じだった」。物怖じしない姿はW杯でも同じだ。G大阪U-23監督時代は中村も指導しただけに「大地も敬斗も強みを生かして日本をより高い場所へ導いてほしい」とエールを送った。
W杯を戦う選手たちには誰しも源流がある。長い歳月の積み重ね。そこには伴走した数多くの指導者たちがいる。日本サッカーの躍進を見るたびに、そんな向こう側の人たちの笑顔が浮かぶ。【佐藤隆志】






