希代の名選手、フランコ・バレージが亡くなった。

まだ66歳、早世が残念でならない。

その功績は燦然と輝いている。ACミラン一筋20年。セリエA優勝6回、欧州チャンピオンズリーグ優勝3回。イタリア代表では1982年スペイン大会優勝、90年イタリア大会3位、主将だった94年アメリカ大会準優勝。強いイタリアサッカーの象徴ともいうべき選手だった。

バレージを初めて見たのは東京・国立で行われた1989年12月のトヨタカップだった。欧州の名選手を見られる貴重な大会。その記憶は今も色あせない。ナシオナル・メデジン(コロンビア)相手に延長戦となったが、1-0で下した。

アリゴ・サッキ監督の戦術「ゾーン・プレス」が注目を浴びる中、最終ラインの「リベロ」としてラインコントロール役を担った。当時のチームはファンバステンらオランダ・トリオが注目されていたが、ミランの強さの根幹にあったのは守備力。まさに縁の下の力持ちだった。

1991年から93年にかけては、当時は「世界最強リーグ」と呼ばれたセリエAで58試合無敗という大記録も打ち立てている。ミランの背番号6は永久欠番。あらためてキャリアをなぞれば、その功績の大きさを感じ入る。

また、忘れられないのは94年のW杯だろう。1次リーグでの負傷が響き、その後は欠場を余儀なくされたが、決勝のブラジル戦に間に合った。

「真昼の決闘」と呼ばれた昼12時半開始の試合に先発出場。40度近い気温の中、相手エースのロマーリオをマークし、何もさせなかった。ロマーリオのゴールを期待していたファンからすれば「凡戦」に見えた。だが裏を返せば、バレージのすごさを証明するものだった。試合は延長戦までの120分間を0-0で終え、そのPK戦でバレージはシュートを失敗し、敗れた。

その後の94年のセリアA開幕戦では、聖地サンシーロでジェノア入りしたカズとマッチアップ。前半に空中戦で競り合った際、カズの顔面に頭を入れた。鼻骨骨折のカズは退場となり、ある意味で衝撃的なデビュー戦となった。後日、「バレージの頭は鉛のようだった」と残している。

バレージを冒頭で「希代の」と表現した。そこは上背176センチという現代の大型化されたDF選手からすれば圧倒的に小柄でありながら、それでいて「世界最高のDF」と認められていたところにある。

その武器はインテリジェンス(知性)だった。持ち味の読みの良さを活かし、相手の動きを先回りして封じた。インターセプト率が高く、競り合いでもポジショニングのうまさが際立っていた。強い、怖い選手でなく、典型的な“嫌な選手”。相手選手からすれば常にやりにくさを覚えただろう。

体格に恵まれないゆえ、どこか日本人選手の姿を重ねていた。それでいてトップ・オブ・トップ。まさに日本のDF選手が目指すべきプレーであり、お手本だった。日本ブランドのアシックスのシューズを履いていたことにも親近感を覚えた。

あらためて、この機にバレージをクローズアップしてみるのはどうだろうか? そのプレーを解析し、なぜあれだけの守備ができたのか。「天性のセンス」で片付けず、微に入り細を穿(うが)つ。30年前とはサッカースタイルが異なるとはいえ、希代の名選手の個人戦術は宝の山だ。

亡きバレージを偲ぶとともに、そのプレーが未来につながっていくことを願っている。【佐藤隆志】

イタリア・セリエA ACミラン対ジェノア 開幕戦に出場したジェノアの三浦知良(右)とACミランのフランコ・バレージ(1994年撮影)
イタリア・セリエA ACミラン対ジェノア 開幕戦に出場したジェノアの三浦知良(右)とACミランのフランコ・バレージ(1994年撮影)
1994年W杯米国大会決勝 ブラジル対イタリア 前線に大きく蹴りだすイタリアDFフランコ・バレージ
1994年W杯米国大会決勝 ブラジル対イタリア 前線に大きく蹴りだすイタリアDFフランコ・バレージ
1994W杯米国大会決勝 ブラジル対イタリア PK合戦イタリア1番目のフランコ・バレージ(手前)はゴールマウスを大きく外し、うなだれる。うなだれるバレージをなぐさめるジャンルカ・パリュウカ(1994年撮影)
1994W杯米国大会決勝 ブラジル対イタリア PK合戦イタリア1番目のフランコ・バレージ(手前)はゴールマウスを大きく外し、うなだれる。うなだれるバレージをなぐさめるジャンルカ・パリュウカ(1994年撮影)
ACミランサッカースクール愛知の記者発表に出席したフランコ・バレージ氏(2011年撮影)
ACミランサッカースクール愛知の記者発表に出席したフランコ・バレージ氏(2011年撮影)
来日した元イタリア代表DFフランコ・バレージ氏(2012年撮影)
来日した元イタリア代表DFフランコ・バレージ氏(2012年撮影)
JリーグOB選抜対イタリアOB選抜 イタリアOB選抜に入りフランコ・バレージ(右)と声援に応えるカズ。左はロベルト・ムッシ(2013年撮影)
JリーグOB選抜対イタリアOB選抜 イタリアOB選抜に入りフランコ・バレージ(右)と声援に応えるカズ。左はロベルト・ムッシ(2013年撮影)
2019年、来日し、会見で笑みを浮かべるフランコ・バレージ氏
2019年、来日し、会見で笑みを浮かべるフランコ・バレージ氏
サイン入りのACミランのボールを手に、笑顔を浮かべるフランコ・バレージ氏(2019年撮影)
サイン入りのACミランのボールを手に、笑顔を浮かべるフランコ・バレージ氏(2019年撮影)